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36【カップラーメン】

「ティルール、スープは煮えたか〜?」


「まだよ、もう少し待ちなさい」


 石橋の袂のキャンプ場で、暁の冒険団が朝食の準備を始めていた。焚き火に翳した大鍋でティルールがコーンスープを煮込んでいる。その背後では男衆がテントを畳んでいた。小さく丸めている。


『お待たせ〜、チルチル。お湯が沸いたぞ〜』


 お湯の入ったヤカンを持った俺がゲートマジックから出てくると、薬味とスープの素をカップラーメンにセットし終えて待っていたチルチルが器を前に出してきた。そこに俺はお湯を注ぐ。


 その状況を皆が興味深そうに眺めていた。


「シロー殿、それはなんでござるか?」


 チルチルが持っているカップラーメンを見たプレートルが、不思議そうに訊いてきた。


『これは、俺の国の保存食だ。お湯を入れて少し待つだけで食べられるようになる』


「はあ……」


 気のない返事を返してくるプレートル。他の面々も俺の話を理解できていない様子で首を傾げていた。


 しかし、お湯を注いでから時間が一分ずつ過ぎるにつれて、五人の表情が変わっていく。チルチルの表情も期待に膨らみ、ワクワクしている。尻尾をバタバタ振っていた。


「な、なんだ、このいい匂いは……」


 味噌ラーメンの香りである。


「こんな旨そうな匂いは嗅いだことがないぞ……」


 そりゃあ、そうだ。そもそもこの異世界に味噌なんてないだろう。


「「ゴクリ……」」


 エペロングとバンディが生唾を飲んだ。その音がハッキリと聞こえてくる。


 確かにカップラーメンを食べたことがない人間には、この匂いは魅惑的すぎたのだろう。コーンスープの匂いを掻き消してしまっている。


 そもそもが安物の古くなったコーン粉末と、カップラーメンの化学的な粉末が醸し出す美臭とでは格が違いすぎたのだ。匂いだけでも勝負になっていない。


 そして、三分が過ぎた。スマホで時間を確認していた俺がチルチルにGOサインを送る。


「チルチル、もう食べていいぞ」


『頂きま〜す!』


 チルチルは巧みに割り箸を割ると、麺を掬い上げて啜って食べる。


 さすがは子供の適応力だ。数回だけ箸の使い方を教えただけで、チルチルは箸の使い方をマスターしている。まだぎこちなさは残るが、十分だろう。


 それに、ラーメンの啜り方も完璧だ。西洋人には難しいだろう麺啜りも習得している。


「ずるずるずる〜〜」


「「「「「あ〜……」」」」」


 まるでメデューサに睨まれて石化した石像のように固まりながら、チルチルの食事を見守る暁の五人組。その口からは涎が垂れていた。マージなんて指を咥えていた。完全にカップラーメンを食べたがっている。


 だが、俺はそのような五人を無視してチルチルを見守った。何故なら、俺が彼らに飯を奢ってやる理由が皆無だからだ。


 俺は、チルチルとメイドの契約を結ぶ際に、最低限の条件として三食と身の安全は保証した。だから朝食としてカップラーメンを持参したのだ。


 しかし、暁の面々とは、そのような契約は微塵も結んでいない。昨日知り合ったばかりの他人に、何故俺が朝食を奢らねばならないのだ。筋が通っていない。


 昨晩デミグラスハンバーグ弁当を振る舞ったのは、戦いの蟠りを消すためである。それ以上でも、それ以下でもない。


「シロー、あの紐みたいな食べ物はなんなのだ……?」


 指を咥えるマージが訊いてきた。


『あれがラーメンだ。そして器がカップだから、合わせてカップラーメンと呼ばれている。俺の国の保存食だな』


 すると五人は、自分たちが煮込んでいるコーンスープに視線を落とした。そして眉を顰める。明らかに不満が見て取れた。


「なあ、シロー。あのカップラーメンとやらを一つワシに売ってはくれないだろうか……」


 よし、釣れた。


 俺は、こう応える。


『ああ、いいとも』


 そして俺はアイテムボックスから、チルチルが食べているのと同じ味噌ラーメンを5カップ取り出した。


「おお、流石はシロー。気前がいいのぉ〜!」


『一つ、150ゼニルになります』


「えっ……」


 マージが僅かに固まった。


 この異世界では、平民の一食にかける予算は、だいたい30ゼニル前後だと言われている。


 なのにカップラーメンが、その五倍の150ゼニルと聞いて、マージは引いているのだ。他の五人も同じように引いている。


 チルチルも、自分が食べている物がそこまで高い物だと知って硬直している。丸く目を剥いて俺を見上げていた。


「そんなに高いのかえ……?」


『ああ、これでも、お友達価格で半額にしているんだがな』


「マジかよ……」


「そのカップラーメンとやらは、そこまで高級品なのかえ……」


 呆然とする六人。チルチルの箸も完全に止まっていた。


「シ、シロー様。そのような高価な食事を私なんぞに気軽に振る舞ってくれるなんて!」


 衝撃から我を取り戻したチルチルが、今度は感動に瞳を潤ませていた。生えたばかりの尻尾を高速でフリフリしている。


「どうするよ、皆……」


 暁の面々が、高校球児のように肩を組みながら円陣を組んで相談を始める。


「150ゼニルだってよ……」


「まだ、買えない値段じゃあないぞ」


「しかも、ワシらにお友達価格で半額じゃぞ。ここは少しぐらいの無理は押し通すべきではなかろうか?」


「拙僧も、マージ殿の意見に賛成ぞな」


「アホーアホー」


「代金は、各自各々で払えよ、いいな!」


「「「「「おー!!」」」」」


 どうやら話が纏まったらしい。俺はサービスとして、お湯を沸かしてやる。五人に98円のカップラーメンを、相場の五倍の値段で売ってやった。


 今日も朝からボロ儲けである。



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