32【コストアップ有り】
現実世界にいる俺は、車で近所の本屋に来ていた。今回の目的は、とある種類の参考書の購入である。
「ん〜っと……。どの辺なのかな」
俺は小説本が並ぶライトノベルコーナーを見て回っていた。本棚を見てみれば、可愛らしいアニメキャラが表紙になった単行本が何冊も並んでいる。際どいミニスカートの娘たちが麗しい。
「萌えキャラとかの単語は知っているが、よく分からないな……。でも、スカートが短すぎね……。見えそうじゃんを通り越て、見えないのが不思議だぞ……」
俺は、絶対領域の表紙を見ているだけで赤面してしまう。そのようなコーナーで、巨漢のオジサンが背中を丸めて品物を探しているのだ。さぞ奇怪な光景に見えたことだろう。
その証拠に、レジカウンターから見ている女性店員の眼差しが引いていた。フランケン・シュタインの怪物でも現れたのかと俺の動きを凝視している。
やっぱり、少し恥ずかしい……。
そのような厳しい思いに耐えながら、俺はライトノベルコーナーで目的の書物を探す。
「これなんか、どうだろう……」
俺は一冊のノベルブックを手に取った。その本のタイトルは『異世界通販オジサンのスローライフ人生危機一髪』である。
本の帯には賑やかな宣伝文句が書かれていた。
【急に異世界転移したコミュ症なオッサンが、通販チートスキルを貰って異世界を楽しもうと思ってたら、思ったよりも低レベル文化で困ってしまう物語。】
――だ、そうな。
これならば、今現在の俺と似た環境である。
なぜ本屋に足を運んだかと言えば、俺は他作品からのカンニングを目論んだからだ。だからこれが参考書なのである。
俺はライトノベルを片手に持ち、レジカウンターで会計を済ませる。
「ブックカバーはお付けしましょうか?」
「お、お願いします……」
よし、任務完了。第一関門突破!
あとは誰にもバレないように読むだけだ。
それにしても読書なんて何年――否、何十年ぶりだろうか。普段は格闘技系の雑誌しか見ないからな。たぶん高校生ぶりかもしれない。
それから俺は、買ったばかりのノベルを持って家に帰る。そして、こたつに入りながらアイテムボックスからウロボロスの書物を取り出した。
「そういえば、レベルが上がっていたからポイントを振り分けよう」
暁の冒険団との戦闘後にレベルが3にアップしていた。新たにポイントを5点獲得できたので、それらをすべてアイテムボックスに回した。アイテムボックスのレベルが4に上がり、残りは貯蓄する。
「だいぶアイテムボックスも広くなったな。今は35×35×35かぁ。まあまあのサイズだな。でも、まだまだ大きくするぞ〜」
それからアイテムボックスの中に収納してあった財布から金貨を取り出した。小金貨三枚と大金貨一枚をテーブルに並べる。
俺は早速、大金貨一枚をウロボロスの書物に落としてみた。すると書物が大金貨を吸い込むように飲み込む。淡く光った。
「おお、入った入った……」
ウロボロスのページを見てみれば、【残27日/残30グラム】の表記が【残27日/残15グラム】に変更されている。これで目標が半分減った。残り半分である。
「やはり大金貨は金塊の含量が15グラムあるんだな。だとすると小金貨は1.5グラムなのだろう。まあ、こっちはパリオンまでの旅費として取っておこう。旅には何かとお金がかかるかもしれないからな。――んん。またレベルが上がっているぞ」
レベル欄を見てみると、レベルが5に上がっていた。金塊を納めたことで経験値を獲得できたのだろう。
金塊集めも経験値になるって言っていたが、思ったよりも獲得経験値が多いらしい。
「それにしてもレベルアップが早いな。もうレベル5だぞ。まあ、このポイントもアイテムボックスに回すんだけれどね〜。よっと」
俺がアイテムボックスのレベルを上げていると、唐突にスマホが鳴り響いた。電話の着信である。相手は鏡野響子だった。俺はすぐに電話に出た。
「もしもし、なんですか、鏡野さん?」
『おめでとう、四郎君。レベル5達成ね』
「今、俺が何レベルか、そっちで分かるんですか?」
『ええ、本社のほうでは、あなたのステータスが監視できるようになっているわ』
「覗き見できるのかよ……」
魔法の書物を作り出せるだけの技術を有している企業なのだ。そのぐらいは難なくできるのだろう。
『私の術は現実世界での監視も可能だけど、異世界までは監視できないから。あっちの世界では自由に振る舞いなさい。誰も止めないし、非難もしないからさ』
「節度を重んじて行動します」
『真面目ね』
「それで、今回は何用ですか?」
『そうそう、入社の事務的な手続きが終わったわ。あとで保険証とかが送られてくるから受け取ってね。それと、あなたの口座に給料を振り込むために口座情報を記入してもらいたいの。それも一緒に小包で送ってあるからよろしくね』
「はい……」
事務手続きはちゃんとしているんだな。さすが企業を名乗っているだけの秘密結社だ。侮れん。
『それとね、レベルが上がると金塊の提出量が増えていくからよろしく』
「えっ、マジかよ!」
『まあ、レベルが50を過ぎたぐらいからだから。それまでは初級者コースだと思ってゆっくりやりなさいな』
「なんで提出コストが上がるんだよ!」
『そりゃ当然でしょう。軽自動車と大型トラックでは燃費が違うでしょう? ウロボロスの書物にも燃費量があって、権利者が強くなればなるほど燃費は増加するのよ』
「な、なるほど………」
確かに理にはかなっている。強くなればなるほど燃費が増えるのは当然の話だ。
だが、強くなった分だけ金塊稼ぎが大変になっていく。それがしんどそうだと思った。
『それじゃあ、電話を切るわよ。それと、ちゃんと書類は早めに出してね。こっちに書類が届かないと給料が振り込まれないわよ』
「はい……」
そして、電話は切られた。ツーツーっと寂しい音が続く。
着信の切れたスマホを眺めながら俺は独り言を呟く。
「これが、会社員ってやつなのか……」
これから憧れの会社員スタートである。
あっ、歩合制だからサラリーマンじゃないのかな?




