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251【温泉風呂完成】

 フラン・モンターニュ上層部の縦穴から噴き出した水柱は灼然たる水脈。熱湯が噴出していた。――温泉である。


 その水柱は止まらない。採掘が終わってから一週間が過ぎても噴出は続き、十メートルの高さを保ったまま熱湯を吹き上げ続けていた。


 やがて噴出した熱湯は小川となり、フラン・モンターニュの下層部へ滝のように流れ落ち、さらに窪地を進んでピエドゥラ村に流れる川に合流して川幅を膨らませていた。


 ――とは言っても、微々たる増水である。人々の生活には、なんら影響はなかった。


 しかし、フラン・モンターニュの周辺には硫黄の臭いが立ちこめ、温泉に慣れていない獣人たちの嗅覚を苦しめていた。人間たちには「なんとなく臭う」程度だが、嗅覚の優れた獣人にとっては少しばかり辛いらしい。


 事実、ピエドゥラ村の獣人たちはフラン・モンターニュに近づかなくなっている。


 二週間が過ぎたころ、水柱はようやく治まり、せせらぎ程度の流れに変わった。

 

 そのころから俺は温泉作りを始めた。


 浅瀬に穴を掘り、現実世界から買ってきたコンクリートで舗装する。その周囲に石や岩を運び、それらしく飾り付けていく。


 ――立派な温泉風呂の完成である。


『うむ、適温だろう』


 俺は温度計で水温を確かめた。


 高温の湯は冷却魔法で四十二度ほどまで冷ましてから湯船に入れる。この異世界の住人はあまり熱い湯に慣れていないようだから、このくらいでちょうどいいだろう。


 裸のエペロングが、腰にタオルを巻いた姿で言った。


「これで“温泉”とやらに入れるんだな?」


 完全に全裸のプレートルが、一物をぶら下げながら叫ぶ。


「温かいお湯に浸かるのは初めてですぞ!」


 バスタオルを乳首の高さで巻いたバンディが言う。


「温泉とは、全裸で入らねばならないのか。少し恥ずかしいぞ……」


『柄でもねえこと言ってんじゃあねえぞ!』


 俺はスカーフェイスの背中をバシンっと叩いた。喝を入れる。バンディの背中に手形の紅葉が出来ていた。


『よし、一番風呂は俺が頂くぜ!』


 俺は剥き出しの白骨をさらして温泉に飛び込んだ。ドボーンっと水飛沫を上げて湯船に沈む。


『あったか〜い……ような気がする〜』


 俺には温度を感じる機能がない。だが、なんとなくありがたみを感じる。――これも日本人の魂がまだ生きている証拠だろう。


『極楽極楽〜』


 俺が湯船でくつろいでいると、暁の男衆三人組も次々と湯船に飛び込んできた。


「ひゃっはー!!」


「儂も飛び込むぞ!!」


「とぉーーー!!!」


 水飛沫が俺の髑髏にかかる。うざったい。


『テメーら、風呂に飛び込むな! 行儀が悪いぞ!』


「シローの旦那だって飛び込んでたじゃないですか!」


「そうですぞ。儂らはシロー殿に習っただけで!」


『言い訳すんな!』


 チョップ、チョップ、チョップ。


 三連撃の農転チョップが暁の冒険団にヒットする。


「いてー、何をするんですか!」


「理不尽!」


 その後はゆったりと湯に浸かり、温泉を堪能する。暁の男性陣も俺を真似して頭に畳んだタオルを乗せていた。


「温泉って、和みますな〜」


「なんか、気持ちいい〜」


『そうだろ、そうだろ〜』


 俺たちが湯船に浸かっていると、湯煙の中から黒い影が近付いてくる。


 それは、毛むくじゃらの獣人――ゴリラだった。


「シローさん、温泉が完成したって聞いたから、入りに来たぜ!」


『おお、ゴリーユさんか』


 大工のムニュジエ・ゴリーユ。ピエドゥラ村で大工を営むオッサンで、戦闘メイドで俺の弟子でもあるソフィアの父親だ。


 暁の冒険団とも、教会のチャペル塔の増築の際に知り合っている。


 外見は毛むくじゃらのゴリラ。人語を喋らなければ、野生のゴリラと間違われてもおかしくない。ただ、この辺にはゴリラは生息していないので、間違われる心配はないだろう。


「どれどれ、俺も湯に浸からせてもらうぜ!」


『どうぞ、どうぞ』


「ぷはー、いい湯だな〜!」


 ゴリーユは湯船に浸かると、ゆったりと寛ぎ始めた。


 今回このゴリラを呼んだのは、女性用の浴室を作ってもらうためである。さすがに女性用の浴室となると、室内でないと問題があるだろうと思ったからだ。


 それに、男性用の浴室にも屋根ぐらい欲しい。雨が降ったら湯が冷めて台無しになってしまう。それは避けたい。


『なあ、ゴリーユ。風呂に屋根や、女性用の室内風呂を作りたいのだが、任せても大丈夫か?』


「任せろ、お安い御用だ!」


『ゴリラなのに頼もしいな』


「シローさんよ、どうせならここに旅館でも建てたらどうだい?」


『旅館か〜。それも悪くないな〜』


 そう言って俺は気付く――。


『旅館……だと……?』


 ゴリラは微笑みながら言った。


「そうだよ。和風の旅館だ。そのほうが“日本らしくて”、温泉に来た〜って気分になるだろうさ!」


『日本……』


 俺はお湯に浸かりながら、ニコニコと微笑むゴリラの顔を見つめた。


『ゴリーユさん、一つ聞いてもいいか?』


「なんでぇ〜い?」


『なんで、“旅館”とか、“日本”とかを知ってるの?』


 ゴリーユは真顔に戻り、俺の髑髏を見つめて言った。


「そりゃあ――俺が日本人だからに決まってるじゃあねえか!」


『えっ………』



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