250【掘削】
それから地上に戻った俺たちは、ヴァンピール男爵を囲んで輪になっていた。バンパイアの王の話を聞く。
ヴァンピール男爵がポマードで固められたオールバックを手櫛で整えながら述べた。
「基本的には井戸などを掘るのは採掘魔法で行います。それをマイニングマジックと呼びます」
するとヴァンピール男爵の隣に立つマリアが魔法を唱えた。手元が光って足元の地面が動き出す。そして、少しずつだが地面が抉れ始めた。
どうやらこれがマイニングマジックのようだ。
『マイニングマジックは射程距離が大変短いです。約1メートル程度。なので接近が必須。しかも動かした土を移動させるスペースが必要です』
俺は縦穴を横目で見ながら言った。
『それで、あんなに穴が大きいのか』
マリアが答える。
『普段ならば数人で行う作業を一人で行いましたからね。それで仕事が雑になり、穴も大きくなってしまいました』
『なるほど』
さらにマリアは深刻そうに述べた。
『そして、今回はもう一つ問題があります』
俺は問題を述べた。
『穴の底に溜まった水だな』
『はい。その為に、さらに深くは掘れません。最低でも水をある程度は抜かないとならないでしょう。ですが、この村には水魔法が得意な魔術師が居ないのですよ』
「そこでだ!」
ヴァンピール男爵がスーツの襟を整えながら述べた。
「私の風魔法で一気に掘り進めたいと思う!」
『どうやってさ?』
俺の言葉を聞いてヴァンピール男爵は手の平に魔法の竜巻を作ってみせた。それは、小さな手の平サイズの竜巻で可愛らしい。
『それは?』
「これが、今から採掘に使う魔法のミニチュアだと思ってください。実際には、もっと巨大な魔法を撃ち込む」
『で、どうするんだよ?』
「これを井戸の中に撃ち落とす!」
『すると、どうなる?』
「こうなる!」
ヴァンピール男爵は、手の平の上の竜巻を地面に落とした。
すると小さな竜巻は、地面の上でコマのようにグルグルと回って地面を抉り始めた。
さらには、抉って掘った土を巻き上げ竜巻の頭から噴出させた。ドリルのように掘って、削った土を頭から吹き出している。
それは、現代でトンネルを掘る際の原理に類似している。要するに採掘の理にかなっているのだ。
穴を掘り地面に沈んでいく竜巻魔法を見ながら俺は言った。
『おお、これなら底の水を抜かなくっても穴が掘れるぞ!』
ここでチルチルがもう一つの問題を問う。
「縦穴の壁面に出来た亀裂はどうします? あそこから水が漏れていますよ?」
その質問にはエペロングが答えた。
「普通に壁を崩して塞げば良くね?」
マージが続く。
「石でも詰めれば塞がらないかのぉ?」
するとニャーゴが続いた。
『ニャーの石壁修復魔法で、あのぐらいの亀裂ならば修理できるニャー』
『おお、流石はニャーゴだな。石壁を魔法で直せるのか!』
すると、やさぐれたマージが地面に唾を吐いた。自分が魔法使いとして見られていないのが気に食わなかったのだろう。
まあ、魔法使いならばニャーゴぐらいのことは言ってもらいたかったのが事実である。魔法使いの大先生が、穴に石を詰める程度の提案しか出来ないほうが恥ずかしいだろう。
そんなこんなで作業が始まった。
まずはニャーゴの石壁修復魔法で水漏れの穴を塞いでもらう。すると、水面が少しずつだが上昇を始めた。
続いてヴァンピール男爵が巨大な竜巻風掘削ドリルを魔法で作り上げる。それは3メートルほどの竜巻だった。激しく轟音を鳴らして渦巻いている。
ヴァンピール男爵が竜巻を固定しながら怒鳴った。
「では、魔法を撃ち込むぞ!」
俺は耳に手を当てて訊き直す。
『ええ、なんだって!?』
ヴァンピール男爵が再び怒鳴る。
「では、魔法を撃ち込むぞ!!」
やっぱり何を言ってるのか聞こえない。
『なに、なんて言ってるか聞こえないぞ!?』
「だから、魔法を撃ち込むってばよ!」
『いやいや、あたしゃスケルトンだぁよ!?』
「テメー、ふざけてるだろ!?」
バレたようだ。俺は頭をコチンと叩いて可愛らしくポーズを見せる。てへぺろ。
「もう訊かん。撃ち込むぞ!!」
『どうぞ、どうぞ』
「うりゃぁぁああああ!!!」
ヴァンピール男爵が縦穴に掘削魔法の竜巻を撃ち込んだ。竜巻ドリルが闇の中に消えていく。やがて水を弾く音が聞こえ始めると、続いて縦穴から大量の水が吹き出した。皆が周囲から逃げ出した。
『うわぁ!!』
「全員、退避!!」
「きゃーー!!」
『ニャー!!』
全員が頭上を庇いながら逃げ出した。周囲の木の陰に向かって走り出す。縦穴の周りには激しい雨が降り注ぐ。
やがて掘削ドリルが岩盤に到達したのか、地面が揺れ始めた。すると縦穴から砕かれた石や岩が吹き出してくる。
『やべぇ、皆気をつけろ!!』
「おおう、こんなのが当たったら、頭が砕けるぞ!」
全員がさらに距離を取る。降り注ぐ岩石の雨から逃れた。
そして、一分ほど経つと大地から伝わる振動が止まった。掘削魔法の効果時間が終わったようだ。すると森の中に隠れていた面々が戻ってくる。
「終わったの?」
『どうだろう……』
縦穴の周りは水浸しで、複数の岩や石で荒れていた。整理整頓が出来ていない工事現場のようである。
穴の中を覗き込むチルチルが言った。
「なんか、臭いが強くなったような……」
『そうなのか?』
やがて、穴の中の水面が急上昇してくるのが見えた。ドンドンと迫り上がってくる。
『どうやら水脈まで届いたようだな』
っと、言った刹那だった。迫り上がってきていた水面が爆発するように噴火した。水柱を吹き上げる。その高さは10メートルを超えていた。しかも、お湯だ。かなり熱い。
「あちぃーーー!!」
「熱い、熱い、熱い!!」
「ひぃぃいいいい!!」
『ニャーーーー!!』
再び皆が逃げ始める。灼熱の雨は、流石にヤバいだろう。俺は大丈夫だけどね。




