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249【地層】

『なあ、バンディ。下はどうなっているんだ?』


 石造りの階段を降る最中で、スカーフェイスの男が俺の質問に答えた。


「この螺旋階段は、約50メートルほど下っている。そして、最下層には水が溜まっているぞ」


『その水は温かいか?』


「ああ、少し温いな」


 マリアが割って入る。


『私が採掘した湧き水です。でも、それは龍脈の影響で、腐りかけていました』


『水が腐る?』


『はい――。生温かく、悪臭を放っていました……』


『それが温泉だ。温かいのは火山の影響で、臭うのは硫黄の影響だ』


『かざん、いおう……?』


 マリアは聞き慣れない単語に首を傾げている。


 俺はチルチルに問う。


『硫黄を知らないのは予想できたが、もしかして火山も知らないのか?』


 チルチルは眉を顰めながら答える。


「は、はい……。火山というものも知りません……」


『ほら、山のてっぺんが噴火して、熱いマグマがドロドロっと出てくるやつだよ』


「し、知りません……。この国にはありませんね……」


『んん〜……』


 まさかのまさかである。火山が存在しない国があるとは思わなかった。


 確かに日本は火山大国だから、火山なんて子供でも知っている。しかし、ネットどころかテレビもない世界ならば、火山を知らない国民がいてもおかしくはないのかもしれない。現代世界では普通の知識でも、異世界だと賢者レベルの知識なのだろう。


 昔テレビで観たことがある。イギリスにも火山がないために、温泉も知らず、硫黄も知らないという話があった。このフランスル王国も、それと同じなのだろう。


『火山って、どこの国にもあるもんじゃないんだな……』


 やがて縦穴に向かう階段を降りていると、臭いが分かる人間たちの表情が歪み始める。


『どうした、チルチル?』


「臭いがキツすぎます……」


 どうやら鼻の良い獣人たちには臭いが強すぎるらしい。


 チルチルたちはハンカチや手拭いなどを取り出して口元を隠した。顔に巻いて鼻を覆う者もいる。


 プレートルが愚痴る。


「なんですか、この卵の腐ったような臭いは……」


『これが硫黄の臭いだ。まあ、身体には害はないはずだから気にすんな。すぐに慣れるさ』


「は、はい……」


 俺たちはさらに螺旋階段を下っていく。やがて最下層が見えてきた。


 底には暗い水面が広がっている。俺には分からないが、湿気が酷いらしい。


 しかし、水面からは湯気などは見えない。そんなに高い温度ではないのだろう。


 そして、壁の一角に横穴が開いていた。そこが生前のマリアが研究室として使っていた住居らしい。


 チルチルが水面に指を差し込んだ。温度を確かめている。


『どうだ、チルチル。温かいか?』


「少しだけですね。ほとんど水です。でも、色が若干白く濁っていますね」


『温泉特有だな。だが、たぶん雨水と混ざりすぎて温度が上がらないんだろう。もっと下から温泉水を直接汲み上げれば、熱々の温泉に入れたろうにな』


「入る?」


『そうだよ。温泉に入るんだ。お風呂みたいにな』


「これに、入るのですか……?」


『そうだよ。温かくて、気持ちいいぞ』


「ええ〜……」


 多くの者が信じられないという顔を見せた。


 まあ、温泉を知らない民族なのだ。そんな反応も無理はない。


『こっちの横穴はどうなってるんだ?』


 俺が横穴に進むと、小さな部屋に出た。十畳ほどの部屋には古びた机と壊れた椅子だけが残っていた。湿気が酷いために書物などは腐っている。


 マリアが述べる。


『私の仕事部屋です。もう時間が経ちすぎて、ほとんどの物が朽ちてしまったようですね』


『そうなのか――』


 俺はすぐに引き返した。マリアの表情も暗かったので、ここには触れないようにした。縦穴に戻る。


『なあ、ここの水は、まだ湧いているのか?』


 マリアが答える。


『まだ湧いていますね。湧いた水は壁の亀裂から外に流れ出ているようで、溢れないようです』


 マリアが指差す壁を見てみれば、確かに亀裂が走っていた。あそこから湧き水が外に流れ出ているのだろう。それで水面がこの位置で保たれているようだ。


『なあ、もっと深く穴を掘れないか?』


 俺の唐突な意見に、皆が目を丸くさせた。何を言い出しているのか理解できていない様子だった。


 ヴァンピール男爵が問う。


「もっと深く掘ってどうするのですか?」


 俺はアイテムボックスからマジックペンを取り出すと、壁に図を描きながら説明した。


『火山と温泉の原理はこうなってる』


 俺は地層の図を壁に描いた。


『この下には何層かの地層があるんだ。マリアが龍脈と呼んでいるマグマの層。これが死ぬほど熱い。そして、その少し上に水脈が流れていて、マグマの熱で水脈が温められて、お湯になってるんだ。そのお湯が地上まで上がってきて温泉になる』


『なるほど……』


 マリアが興味深そうに俺の話を聞いていた。


「それで、もっと深く掘りたい理由は何なのですか?」


 俺はヴァンピール男爵の質問に答えた。


『マグマに温められた温泉を直接汲み上げられれば、もっと温度の高い温泉が引ける』


「汲み上げて、どうするのですか?」


『そうなれば、タダでいつでも温かい風呂に入れるようになる』


 一瞬の沈黙の後、全員が同時に閃いた。


「「「『それは、良くないか!?』」」」


 この異世界でもお風呂は高価な贅沢品だ。ほとんどの者は水浴びか、タオルで体を拭く程度。温かいお湯に浸かるなど贅沢の極みである。それが無料でいつでも入れるとなれば、まさに天国だ。全員がその想像に歓喜していた。


「よし、早速深く掘ろうよ!」


 ティルールが拳を握って熱く言う。


『しかし、どうやって掘る?』


 俺の質問にマリアが答える。


『私の土魔法は失われているから無理ですよ?』


 すると、ヴァンピール男爵が胸を張って述べた。


「私の魔法に任せてくれ!」


 どうやらヴァンピール男爵なら、魔法でもっと深く掘れるらしい。ここはひとつ、バンパイアの王に任せてみようと思う。



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