248【温泉】
井戸にしては大きな大穴の直径は10メートルほどの円形。上から覗き込めば底が見えない漆黒である。その縦穴の一角に、下へと降りる石造りの階段があった。
エペロングがマージに指示する。
「マージ、ライトの魔法を頼む」
「分かったぞよ」
マージは指示を聞いて呪文を唱える。そして、ライトの魔法で持っていたスタッフの先に光を灯した。月明かりのみで薄暗かった周囲が一気に明るくなる。
しかし、ライトの魔法の恩恵を受けているのは暗視能力を持っていない人間たちだけである。俺たちアンデッドには明かりは関係ない。スケルトンもバンパイアもリッチも暗視能力は持っている。おまけにクァールのニャーゴも暗視を持っているようだ。
それから俺たちは全員で縦穴の階段を下り始めた。ぞろぞろと縦穴に入っていく。
石造りの階段は華麗な作りだった。石壁が綺麗に削られている。マリアが一人で作ったには出来すぎだと思った。
俺は後ろに続くマリアに訊いてみる。
『この縦穴を、お前一人で作ったのか?』
『はい。生前の私は土魔法が得意でしたので、自然鉱物の加工は魔法でチョチョイのチョイでしたから』
『チョチョイのチョイなのか――。魔法って、スゲーなー』
『ですが、リッチにクラスチェンジする際に、土魔法の素質は失ってしまいました。だから、もう同じような物は作れません』
『失う? なんでさ?』
『アンデッドは大地から安らぎを得るために、地層の損壊を禁じられます。だから、大地の加工魔法が使えなくなるのですよ』
『そうなの?』
バンパイアであるヴァンピール男爵も頷いていた。本当らしい。
『面倒くさいな。そんなルールがあるのか?』
『はい……』
マリアは緩やかに微笑んだ。
まあ、何かを得れば、何かを失うってことらしいな。自然のルールって難しいね。
すると、今度はチルチルが表情を歪めながらつぶやいた。何やら臭うのか鼻を押さえている。
「少し蒸してますね……。それに臭いもキツいです」
チルチルの意見通り、縦穴内は少し蒸しているらしい。湿気が充満しているといった感じなのだ。俺には感知できないが、人間である暁の冒険団が同感している。
すると、列に並んで階段を降りていたマリア・カラスが言った。
『縦穴の底から水が湧いているのですが、なぜかその湧き水が温かいのですよ』
『湧き水が温かい?』
『それに、少し臭います』
『臭いの?』
俺は首を傾げた。
『そうなのです。私も長年地層学者を営んでいましたが、湧き水が温かいなんて初めてなので、興味を持って観察していたのです』
どうやら生前のマリア・カラスが、このフラン・モンターニュにこだわったのは、それが要因であったのだろう。
俺は直感で思った。
『たぶん、この底には温泉が湧いているんだろうな〜』
俺は独り言のつもりで言ったのだが、階段を降る者たちの視線が俺に集まった。
『な、なんだよ。急に皆して……?』
マリアが不思議そうに訊いてきた。
『シロー様……』
『な、なんだよ……?』
『温泉とは、なんですか?』
『はぁ?』
『だから、温泉とは、なんですか?』
俺にはマリアが何を訊いているのか理解できなかった。
『温泉って言ったら、温泉だろ……?』
マリアは少し語気を強めて訊き直してくる。
『だから、その温泉たるものが、何かと訊いているのです!』
『だ〜か〜ら〜。温泉だってばよ。わかんねぇ奴だな!』
『その温泉が何か分からないと言っているのです!?』
『温泉って言ったら、温泉しかないだろう!』
『その温泉たる物が、この国には存在しないのです!』
『何を馬鹿言ってやがる。温泉なんて、どこにでもあるだろうが!』
俺とマリアが揉めていると、チルチルが俺の袖を引く。
「シロー様……」
『なんだよ、チルチル!?』
「この国には、温泉たる物は存在しません。そもそも“温泉”という言葉も存在していません。だから、誰も温泉を知らないのですよ……」
『えっ……?』
冷静になった俺が周囲の顔を見回すと、全員が頷いていた。どうやらチルチルの言っていることが真実らしい。本当に、この異世界には温泉がないようだ。少なくともフランスル王国には温泉はないらしい。
「では、もう一度訊きますね」
『うん……』
「温泉とは、何ですか?」
俺は足りない脳筋を駆使して考えた。
温泉とは――。
女性キャラの裸入浴シーンが期待できるイベントのフラグであると――。
だから、近日中に、ムフムフの展開が期待できるのである。念願のサービスシーン到来なのだ。




