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247【坂と穴】

 七つの月光が輝く夜更け――。


 フラン・モンターニュ前、草原キャンプ地。


 そこには百人を超える男たちがテントで暮らしていた。パリオンやサン・モンから集められた作業員たちである。


 現在のところ大型宿舎を建設中だ。だが、彼らがそこに住めるようになるのは二ヶ月ほど先だとされている。今、大工たちが急ピッチで宿舎などを建設中であった。


 それまでは、彼ら作業員にはテント暮らしで我慢してもらうしかない。まあ、野宿も慣れている連中だから問題はないようだ。


 彼ら作業員たちは現在、いくつかのグループに分かれてテント暮らしをしていた。


 キャンプ地のあちこちに焚き火が焚かれ、寒い夜を火を囲んで過ごしている。そのグループには特徴が見られた。


 極道っぽい連中は極道っぽい連中だけで集まり、貧乏そうな老人は貧乏そうな老人だけで集まっている。そして、身なりの良い監督っぽい連中は監督っぽい連中だけで固まっていた。


 たぶん、ここにもカーストがあるのだろう。


 俺は横目でそのような光景を眺めながらキャンプ地を歩いていた。野郎どももチラチラとこちらを見てくる。


『女子供はいないんだな』


 俺の独り言にチルチルが反応を見せる。


「女子供は、宿舎が完成してから呼び込まれると思いますよ」


『そうなのか?』


「この辺は安全地帯ですが、少し離れればいくらでもモンスターがいます。危なっかしくて、女性たちはまだ呼べませんよ」


『なるほどね』


 ついつい俺は忘れてしまう。モンスターの存在を――。


 確かにこの異世界には、恐ろしい化け物たちが数多く棲息している。動物の延長線のような巨大モンスターや、ゴブリンのような亜種もウジャウジャといるらしい。昼間の空を見上げていれば、怪獣映画のラドンのような怪鳥も飛んでいる。


 だが、俺からしてみれば、剣や槍を持ったゴブリンよりも、拳銃を手にしたマフィアのほうが怖かった。だから、少しモンスターを舐めてしまっているところがあるのだ。


 俺ぐらいの格闘技家になると、拳銃さえ持ってなければ、人間もモンスターも変わらない。赤子同然である。


 夜のキャンプ地を横切りながら、俺は後ろに続くエペロングに訊いてみた。


『なあ、エペロング?』


「はい?」


『フラン・モンターニュ周辺のモンスター退治を依頼してあったが、その辺はどうなっている?』


 エペロングは涼しげな顔で答えた。


「一般人が敵わないレベルのモンスターは、ほとんど狩ったぜ。あとは一般人でも狩ろうと思えば狩れるモンスターしか残っていないはずだ」


 さすがは一流の冒険者だ。仕事はちゃんとこなしているようだった。


『まだモンスターが残っているのか?』


「あと残っているモンスターは、キラービーとかジャイアントスパイダーとかかな――」


 チルチルが言う。


「キラービーからは蜂蜜が取れますし、ジャイアントスパイダーからは糸が取れますから、村人からしたら資源なのです。皆殺しは禁物なモンスターなのですよ」


『なるほどね』


 この異世界はモンスターと共存しているところが多い。害のあるモンスターだからといって、壊滅させるわけにもいかないようだ。


 エペロングが続ける。


「まあ、危険なジャイアントマンティスやワイルドベアーなどは全部退治したから安心してくれ。一人二人で森に入らなければ問題ないぞ」


『分かった――』


「まあ、あとはモンスターの出現報告を受けたらすぐに退治するから安心してくれ。この辺の治安は俺たちが守ってやるよ」


『頼りにしているから、頼んだぜ』


 俺が褒めると、エペロングは照れていた。可愛い奴である。


 そして俺たち一行はキャンプ地を抜け、森の中へと入っていった。そのまま上層部に続く坂道を登って行く。


『この荒れた坂道も舗装しないとならないな。いつまでもこれだと登り難くてかなわん』


 チルチルが相槌を入れる。


「そうですね」


『舗装工事をするなら階段かな。階段だと何段ぐらいになるのかな〜?』


「階段よりも、緩やかな坂道に舗装したほうが良いと思います」


『なぜだ、チルチル?』


「この坂道だけが、今のところ絶壁を登らないで上層部に行ける道です。なので、上層部に建物を建てる資材を運び込む道にも使うでしょう。だとするならば、階段よりも坂道のほうが楽だと思います」


『なるほどね〜。チルチルは賢いな〜』


 俺がチルチルの白髪を撫でていると、マージがぼやいた。


「シロー殿は、そんなことも気付いていなかったのかぇ……」


『うるせえ!』


 そんなこんなしているうちに坂道を登り終え、フラン・モンターニュの上層部に到着する。上層部はあまりモンスターがいないらしく、静寂が流れていた。虫の音だけが聞こえてくる。


 なぜフラン・モンターニュの上層部にモンスターが少ないかというと、ニャーゴとマリアが暮らしていたころに、ほとんどを追い払ったかららしい。――もしかしたら、食べたのかもしれない。


 そんなわけで、脅威はないらしいのだ。


 俺は後方に続くマリアとニャーゴの姿をチラ見した。


 やっぱり、この二人は恐ろしい怪物のようだ。味方で良かったと思う。


 そして俺たちは、本日の目的地である場所に到着した。


 そこは、以前マリア・カラスが研究所兼住居に使っていた縦穴である。10メートルほどの穴が真っ暗な口を開いていた。



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