表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

254/263

244【チャンピオンの失踪】

 空を飛びながら逃げ去る九尾の後ろ姿を見送るシローは、切断された右手首をボーンリジェネレーションで接着すると、闘技場の中央へ戻ってくる。


 そこには、アルル円形闘技場の最強チャンピオン――シリヌ・カールが待っていた。


 頭はスキンヘッド。上半身にはハーフプレートメイルを装着した闘士。九尾の雄叫びを浴びてもなお、彼は影響を受けていない様子だった。観客たちがいまだふらついている中、彼だけは凛々しく、平然と立っている。


『さて、最後の一人だ。盛大に遊ぼうではないか!』


「――……」


 シローは無邪気に居直るが、シリヌ・カールは冷静に髑髏面を睨みつけていた。わずかな隙も見せていない。


 シリヌ・カールはシローを、隙を見せたのならば、いつ噛み付いてくるか分からない獣だと思っているからである。人間とは、思ってもいない。事実シローはスケルトンである。


『良き眼差しだ』


「――……」


 二人が睨み合う。殺気と気迫がぶつかり合って空気を歪めていた。凄まじい闘気である。


 すると、二人の周囲に近衛隊が数人走り込んでくる。そして声を張り上げた。


「お二人殿に、国王陛下からのご伝言です!」


『んん、なんだ?』


 シローが視線を反らす。


「この戦いは、後日に改めよとの命令です!」


『なんでだよ?』


「そう指示がございました。国王陛下直々の命令です!」


『そんな指示を、俺が聞くとでも思ったか?』


 シローは指関節をポキポキと鳴らして威嚇する。完全に無視する態度であった。しかし、近衛隊も引かない。


「国王陛下曰く、後日正式に試合を組み、盛大にタイトルマッチを開きたいとのこと。それまで待たれよ、と!」


『知るか、こん畜生が!』


 すると、一人の近衛隊員がシローに近付き、耳打ちしてくる。


「ただで待てとは申しておりません――」


『んん?』


「待つという交換条件として、国王陛下がフラン・モンターニュの工事費と人材を支援してくださるとのことです」


『なんと……』


 流石のシローも考え込んだ。乏しい頭脳を総動員して考え込む。空っぽの頭蓋骨の中で思考した。


 そして、出された条件を天秤にかけた末、ルイス国王の提案を飲むことにした。背に腹は代えられない。


 踵を返しながら、シローが述べる。


『分かった。ならば、連絡を待ってるぞ!』


 背中を見せながら手を振るシローは、闘技場を後にした。


 残された近衛隊員が、シリヌ・カールにも問う。


「チャンピオン殿も、それで構いませぬな?」


「構わぬ……」


 そう答えたシリヌ・カールも踵を返し、控室へ向かって歩き出す。そして、通路を歩きながら、胸中で呟く。


「た、助かった……。あんな化け物級のモンスターと戦って、まともに勝てるわけがない。次の試合が組まれる前に、闘士を引退しよう。事故で負傷したとか言えば、誰も疑わないだろうさ……」


 弱気全開……。


 シローが見せた一連の戦いを見て、チャンピオンは悟っていたのだ。


「あの髑髏、強くね……?」


 その予感は、チェサーとの戦いで確信に変わっていた。


 チェサーぐらいの実力ならば、死闘の末に自分でも勝てたかもしれない。しかし、シローは別格。あれほどの実力を持ちながら、修復魔法まで使ってくる。あれでは勝ち目がない。


 いずれ自分も追い詰められる――それが、容易に想像できた。


 だからこそ、彼は偽りの理由を並べてでも、引退を決意したのだ。


「あれは、災いそのものだ……。関われば自滅する。味方としても、近付かないほうが幸せに生きられる……」


 その後、シリヌ・カールはパリオンから姿を消した。自宅から金目の物だけを持ち出し、誰にも行き先を告げず、こっそりと失踪したのである。


 人々はさまざまな噂を立てたが、その話題も一月もしないうちに忘れ去られた。


 そして――シローが新しいチャンピオンとなり、防衛戦が組まれることとなる。


 しかし、対戦希望者は一人も現れなかった。完全に恐怖の対象として見られていたからだ。あまりにも戦慄的なデビュー戦が原因である。


 シローは、アルル円形闘技場史上初の「無勝無敗で殿堂入り」する闘士となる。


『つまらない、つまらない〜!!』


「シロー様、駄々をこねないでください」


『もっと俺と戦ってくれよ〜!!』


「もう、よしよし――」


『グスン……』


 チルチルが髑髏の頭を撫でながら、シローを宥めていた。まるで子供扱いである。


 こうして――シローの闘士編は幕を閉じる。


 彼は大人しく、メイドたちとともにピエドゥラ村へ帰ることとなった。また、平凡な日常が始まるのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ