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236【変身シェイプアップ】

 鼻と口から血を流すアイアンバッファローの顔には痣ができていた。シローの攻撃で刻まれた痣である。


 アイアンバッファローは口元から流れる鮮血を太い毛むくじゃらの片腕で拭いながら立ち上がると、親指を鼻に当てて「ふっ!」っと手鼻を吹く。地面にねっとりとした血の塊が飛び散った。


 そして、首筋を解すように回すと、冷静な眼差しで髑髏の魔人を見つめながら言う。


「今、俺に足りていないのはスピードだな……」


 シローは腰に両拳を当てながら、チンピラのようにだらしない姿勢で立ち尽くして返した。


『ならば、どう対策する、とっちゃん坊や?』


 その問いかけを聞いたアイアンバッファローは、二丁斧を持った両腕を脱力させ、ダラリと下げた。そして、両足を揃えて垂直にステップを刻み始める。


『……?』


 垂直ジャンプのステップは、まるで準備運動。その上下運動に、アイアンバッファローのふくよかな贅肉がタプタプと弾んでいた。


『今さら、準備運動かい?』


「まさか――」


 アイアンバッファローのステップ運動は、段々と高さを増していく。爪先だけで跳ねているはずなのに、すでに1メートルほど跳ねていた。


 そして、唐突に大ジャンプで高く跳ね上がる。その高さは10メートルに達していた。シローや観客たちは、飛び上がったアイアンバッファローを見上げていた。


 すると、上空に舞ったアイアンバッファローがゆっくりと降りてきた。その速度は緩やかだった。まるで綿雪が降ってくるように穏やかな速度である。


『なんだ?』


 首を傾げるシロー。彼から見ても違和感のある動きに見えた。不自然だった。


 両腕を広げ、十字の姿勢で降ってきたアイアンバッファローが爪先だけで静かに着地する。その姿は、まるで別人のように変わっていた。もはや変身に近い。


『どうなってる……?』


 天から舞い降りたアイアンバッファローが、痩せているのだ。上空に舞い上がるまでは肥満体のオヤジのような体型だった男が、スマートな筋肉質の体型に痩せていた。まるで一瞬芸のトリックのように痩せ細ってしまっている。


「これで、よし――」


 アイアンバッファローは痩せたウエストに合わせてズボンのベルトを締め直す。


 ちゃんこ型の体型が、逆三角形のマッチョマンに変わっていた。タプタプだった腕も足元も引き締まっている。腹筋なんて八つに割れていた。まったくの別人の体型である。


『上空で、何があったんだ……』


「スピードを上げるために、少しシェイプアップしてきたぜ!」


『どういう体質をしてやがるんだよ……?』


「スケルトンに体質のことを言われたくないな!」


『御尤も……』


「では、第二ラウンド、参る!!」


 アイアンバッファローが前に跳ねた。足元の砂が爆発したように弾けて飛んだ。ダンっと音が鳴る。


「うらぁぁああああ!!!」


 低空飛行で迫るアイアンバッファローが、瞬時にシローの眼前まで接近する。その速度は瞬間的だった。


 そして、二連同時の水平斬りで髑髏の首筋を狙う。その太刀筋は、明らかにスピードアップしていた。痩せる前とは段違いである。


「ふっ!!」


 突風の二丁斧が猛スピードで迫ってきた。


『速いっ!?』


 シローは咄嗟に体を落として二連の斬撃を回避した。しかし、髑髏の顔面に膝蹴りが突き立てられる。シローは顔の前に両腕を並べて膝蹴りを受け止めた。


 だが、そのパワーにガードが弾かれた。背を反らしてバンザイするような体勢になってしまう。


『クソッ!』


 そこにアイアンバッファローの戦斧が縦斬りでシローの頭部を狙う。その一振りが髑髏の額を掠めて割った。頭蓋骨の額がパッカリと割れる。傷は深い。


 本来なら致命傷の一撃だったであろう。だが、アンデッドのシローには掠り傷である。シローは構うことなく、反撃の正拳突きを上段に放った。


『せいっ!』


「おっと!」


 アイアンバッファローは反撃の上段正拳突きをヘッドスピンで回避する。しかも、回避と同時に一步踏み込んで肘鉄を突き立てた。硬い肘でシローの剥き出しの肋骨を突き押す。メキメキっと肋骨に複数の罅が走った。これも普通ならば致命傷だろう。


『なぬっ!?』


 シローが驚愕していると、今度はアイアンバッファローがサイドキックで骸骨の背骨を腹部から蹴り飛ばす。その一撃でくの字に曲がったシローが吹っ飛んだ。闘技場の砂の上を骸骨が丸まって転がっていく。


「どうだい、骸骨野郎!」


『かはぁ……』


 地面に這いつくばりながら、シローは驚愕していた。おそらく瞼が残っていたのならば、見開いて驚いていただろう。


『おいおいおい……』


 この異世界に来て以来、久々だろう。否、初めてかもしれない。相手の攻撃を食らって、哀れにも四身を地につけるなんて初めてかもしれない。


 屈辱的――。


 だが、感激――。


 出会いに感謝した。


『素晴らしい……。これほどの相手は久々だぜ……』


 亡者が墓から這い出てくるようにゆっくりと立ち上がるシローは、幽鬼のごとく恨めしい眼差しでアイアンバッファローを見つめている。髑髏の眼窩の奥に青白い炎が静かに揺らめいて見えた。


 その眼差しに気づいたアイアンバッファローの背筋に冷たいものが走る。だがまだ彼は、それが恐怖心とは気づいていない。闘争に滲み出たアドレナリンが、恐怖心を麻痺させていたからだ。


「どうでい、威力を落として速度を上げた俺の攻撃はよ!」


『素晴らしいバランスだ。攻防に柔軟になったではないか』


「そうだろう!」


 アイアンバッファローが二丁斧を構える。


 体は斜め、大股を開いて腰を落とし、左手の戦斧は下段、右手の戦斧は上段に構える。天地二極の構えだ。


 方やシローは構えを見せない。肩を落として脱力している。その姿からは闘争心が欠けていた。まるで幽鬼が立ち尽くしているかのような姿である。


 しかし、アイアンバッファローはお構いなしに飛びかかる。闘争心を限界まで燃やして攻め立てた。


「うりゃぁあああ!!!」


 絶叫と共に二丁斧がシローの頭部と胸元を狙って打ち込まれる。その速度も極上。的確で精密な連撃だった。


 しかし――。


「えっ!?」


 アイアンバッファローの体が回っていた。空を見ている。


 それに気づいた時には、後頭部を地面に激突させていた。


「がはぁ!!??」


 謎の反撃である。




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