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234【天才の若者】

 二つの戦斧を両手に持った髭親父が構えを見せる。


 体は斜め、背は猫背。股を開いて腰を落としている。左に持った戦斧が腰の高さで前に出され、右に持った戦斧は頭よりも高い位置で身構えられていた。天地上下の構えは様になっている。


 その構えに対してシローも上下二極の同じ構えで迎え討つ。


 体は斜め、背は猫背。股を開いて腰を落とし、左手が下段で腹筋の高さ。右手は自分の額を隠す程度の高さで前に出されている。空手の構えだ。


 二人が静かに睨み合う。


 緊張感が闘技場に流れる。それは、猛獣同士の睨み合いのように窺えた。会場に流れる微風が、魔獣の唸り声に聞こえてしまう。


 すると、観客席で観戦していたソフィアが呟いた。彼女の額から冷や汗が流れ落ちる。その汗は、座りながら自分のスカートを握り締める手の甲に落ちた。


「あのオジサン……相当強いわよ……」


 その言葉に、格闘技を何も知らないチルチルが無責任にも答える。


「大丈夫です。シロー様を信じてください」


 チルチルが柔らかい笑顔で言っていたが、ソフィアは表情を曇らせるばかりだった。


 ソフィアとて拳闘士の端くれだ。眼前のハゲ親父がレベル違いの強者なのは、構えを見ただけで悟れるのだ。素人が「大丈夫」と言ったぐらいで安心は出来なかった。


 しかし、ソフィアの心配とは裏腹に、他の観覧者たちは興奮を抑えるのにやっとだった。興奮が口から溢れ出るのを堪えている。


 そのような緊迫した空気の中で、二人の闘士は少しずつ前進していた。


 爪先の動きだけで、1ミリ、1ミリと前に進んでいるのだ。その動きは僅かだったが、闘争への秒読みには十分だった。僅かだが、確実に距離が縮んでいる。


 そして、睨み合うこと三分程度――大きく時は進む。


 声を放ったのは髭親父だった。


「参るぞ!」


 掠れた渋い声色から年齢が悟れた。中年の声色だった。


 途端、アイアンバッファローが前にダッシュした。姿勢を低く、地面スレスレの高さで走り迫ってくる。低空の猛ダッシュだった。


 その低空ダッシュは瞬時にシローとの間合いを詰める。一秒も経たずに二丁斧の間合いに入っていた。


 ソフィアが驚く。


「速い!?」


 動きが速い。体重が200キロの巨漢とは思えなかった。まるで軽量選手のスピードである。


「ぬう!!」


 そして、力強く振られる二つの戦斧。その一振り目は逆水平斬り。左から右へ、突風を渦巻きながら振られた。


 シローは頭を下げて、逆水平振りの戦斧をくぐって躱す。


 しかし、直ぐ様に放たれる二撃目の二丁斧。今度は中段の水平振りで襲い掛かる。


 だが、シローは屈めた姿勢のままスウェーバックで二撃目を回避する。斧先がシローの眼前を鋭利に過ぎた。


 二の字の連撃が回避されたが、アイアンバッファローの攻め手は止まらない。さらに巨漢をスピンさせると、後ろ中段廻し蹴りを放ってきた。三連撃である。


「ふんっ!!」


『後ろ蹴りだと!?』


 巨漢なのに器用。まさか、これほどの体躯で蹴り技を使ってくるとは予想外だった。しかも、しなやかで柔軟な蹴り技だった。


『くそ!』


 二撃目の斬撃を回避したシローは、スウェーバックの後に前に出るつもりだった。それが、三撃目の蹴り技に予定を狂わされる。


 シローは自分の腹部に飛んできた後ろ廻し蹴りをガードで凌ぐ。しかし、ガードに成功したが、その脚力にシローは後退を余儀なくされた。否、蹴り飛ばされたのだ。


 そして、さらにアイアンバッファローは攻めてきた。右手の戦斧で袈裟斬りを仕掛けてくる。


 その一撃をシローは紙一重で回避した。しかし、振るわれた斧はシローの鎖骨を擦っていた。カッと僅かな音が鳴る。


 それでもシローは反撃を放つ。袈裟斬りを空振ったアイアンバッファローの髭面目掛けて、光速のジャブを繰り出した。


 それは、まさにフラッシュ。閃光の一打がアイアンバッファローの顎髭に掠って揺らした。パンチは当たっていない。


「きぃ!!」


『ふぅ!!』


 接近の間合い。二人が同時にハイキックを繰り出した。その上段蹴りは交差して脛と脛をぶつけ合う。まるで金属バットで打ち合ったような硬い音が鳴り響いた。


 さらに二人は身体を捻る。全身をスピンさせ、今度は後ろ廻し蹴りで蹴り合った。


 二人の蹴り技は両者の脇腹に命中する。そして、脚力を押し込むように敵の体を押し蹴った。両者の体が後方に飛んで行く。


「ぬぬっ!」


『ぐはっ!』


 三メートルほど飛び合った二人はダウンして転がった。砂埃を上げながら立ち上がると、直ぐ様に構えを整える。


「やるな!」


『オヤジこそやるじゃあねえか!?』


「抜かせ。まだ俺は十七歳だ!!」


『ウソ!?』


「本当だ。あとで免許証を見せてやる!」


『十七歳で、あの動きが出来るのか……。天才じゃねえ……』


 ズレている。動きがどうこう言う問題じゃない。十七歳で、あの禿頭と髭面が問題なのだ。


「休まず行くぜ!」


 血気盛んな若者が攻めを急ぐ。再び走り込んできた。そして、二丁斧の間合いに入ると戦斧を連打してくる。二つの斧が嵐のように激しく振られた。


「うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うら、うらぁぁああああ!!!」 


 兜割り、袈裟斬り、逆袈裟斬り、水平斬り、胴切り、突き技、足払い。様々な攻撃が止まることなく連続で飛んでくる。多彩で鋭い攻撃だった。


 その攻撃の数々をシローは軽やかに躱し、時には捌いて回避し続けた。


 しかし、アイアンバッファローの乱撃は止まらない。休まない。スピードも衰えない。それどころか勢いが増すばかりだった。


 だが、攻め手が速くなればなるほどに隙も生まれる。若さが綻びを見せてしまう。


 無数に振られる二丁斧の隙間に、ピンポイントの狭間が見えた。それは一瞬の隙間。そこにシローが一本拳を打ち込んだ。


『シュ!』


 拳の型は中指の第二関節を角のように立てた一本拳。それは殺傷力に長けた危険な拳。鋭い刃物のようだった。


 その殺拳が、アイアンバッファローの人中に滑り込んだ。


 鼻の下、唇の上。そこが人中。人間の急所。そこに角のような拳が突き刺さった。


 その痛みは、苦痛だけで人間ならば気絶を脳が勝手に選択してしまうほどのダメージである。まず、殆どの人間が気を失ってしまう。


『勝った!』


 そうシローが呟いた刹那、アイアンバッファローの反撃が飛んできた。その斧をシローはバク転で回避した。距離を置いて間合いを作る。


『効いてないのか……』


「洒落臭え!!」


 禿の髭面は、鼻血を流しながらも強がった。


 まったく効いていない様子では無い。しかし、KOを取れるほどにはダメージを与えていない。耐えられたのだ。


『パワーやスピードだけじゃなく、タフネスも一流か……。まさに天才だな』


「褒め過ぎだぜ、おっさんよ!」


『なぬっ!?』


 おっさん顔の若者におっさん扱いされて、シローはショックだった。少し落ち込む。



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