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233【二丁斧のアイアンバッファロー】

 蹌踉めきながら立ち上がった黒騎士バッシューラは、左腕に装着されたカイトシールドを外すと、折れ曲がった肘を正常な方向に無理やり戻した。それから、低レベルのヒール魔法で傷を回復させる。


 だが、骨折した傷は完全には癒えていない様子。痛みが残る左腕を庇いながら、立ち上がった足も震えている。やっとのことで立っているようだった。


 一方、ボーラで前足の自由を奪われていた黒馬は、転倒したまま藻掻いている。しかし、その動きも次第に弱まり、やがて力尽きたのか動かなくなった。すると、黒い霧となって馬体が消え去る。召喚魔法の効果が切れたのだろう。


 怪我を負い、愛馬を失ったバッシューラがシローを睨みつけていた。奥歯で苦虫を噛み砕いたような顔である。


 そのバッシューラに、シローがポララップを向ける。そして発砲。再び闘技場に発砲音が響き渡る。


 長方形の器具から発射されたスリングボーラが、黒騎士の上半身に巻き付いた。


「ぐはっ!」


 目にも止まらぬ速さで発射されたボーラが、バッシューラの上半身に巻き付き、力強く締め上げる。凄まじい締め付けだ。完全に両腕の自由を奪っている。


「硬い!?」


 それもそのはず。ボーラに使用されているワイヤーはステンレス鋼線だ。人間の力で引きちぎれるような代物ではない。


『諦めろ――』


 さらにもう一発のスリングボーラが放たれ、バッシューラの下半身に巻き付いた。膝のあたりを絡め取られた黒騎士は立っていられず、無様にも地面に倒れ込む。


「おのれ、おのれ……!」


 シローは銃弾を撃ち尽くしたポララップをアイテムボックスに放り込み、倒れているバッシューラの元へと歩み寄った。そして、しゃがみ込んで黒騎士の顔を覗き込む。


『もう動けまい。俺の勝ちでいいよな?』


 しかし、バッシューラは諦めない。降参の言葉を選ばなかった。


「抜かせ。まだ私は戦える!!」


 諦めの悪い発言だった。手足を拘束され、完全に動けない状態で放つ言葉ではない。


『へぇ〜――』


 シローが立ち上がる。そして拳を顔の高さまで引き上げ、バッシューラを見下ろした。その眼差しは冷たく光っている。


 狙っている。振り上げられた拳が、倒れた黒騎士の頭を狙っていた。


『ならば、とどめを刺すぜ!』


 言うやいなや、シローの拳が振り下ろされた。急降下する鉄拳がバッシューラの頭を押し潰すように叩きつけられる。


 ガシャーンッと、派手な破壊音が響いた。


 ――瓦割り下段正拳落とし。


 派手な音と共に、バッシューラが被っていたブラックヘルムが押し潰された。その一撃でヘルムが陥没し、黒騎士は白目を剥いて意識を失う。


 勝負ありだ。


『ふう〜。楽しかったぜ、黒騎士様よ!』


 凛と立ち上がる髑髏の魔人。その姿を、静まり返った観客たちが固唾を呑んで見つめていた。


「やれやれだな――」


 闘技場の壁際で、二人の戦いを見守っていた三人が語り出す。


「さて、次は誰が彼に挑むのかね?」


 言ったのはチャンピオンのシリヌ・カールだった。スキンヘッドの頭が日差しを反射して輝いている。


「なら、俺が――」


 チャンピオンの言葉に押されるように、髭面の大男が一歩前に出た。


 彼の名はアイアンバッファロー。総合最強部門ランキング三位の強者である。


 身長約2メートル、体重は200キロ近い。髪は肩まで伸びているが、頭頂部は落ち武者のように禿げている。体型は相撲取りのようなちゃんこ型。鎖帷子の上から鱗鎧を纏い、両手には二丁の戦斧――ゆえに、彼は「二丁斧のアイアンバッファロー」と呼ばれていた。


 一見パワー型のファイターに見えるが、体格に似合わず体術に長けている。フットワークは軽量ボクサーのように滑らかで、バク転すら容易くこなす俊敏さを持つのだ。


 この巨体からは想像もできないほどに素早く動ける。それゆえに、彼は総合最強部門の第三位に君臨している。


 もちろんパワーも桁外れだ。その力を維持するために、普段は農家の牛を相手に相撲を取っているという。まさに怪力と技巧を兼ね備えたファイターだった。


 両手に二丁の戦斧を握り締めたアイアンバッファローが前へと進み出る。既に、気絶した黒騎士はタンカーで運び出されていた。


『今度はあんたが相手をしてくれるのかい?』


「俺の名はアイアンバッファロー。総合最強部門、第三位なり!」


『我が名はシロー・シカウ。ピエドゥラ村の商人なり!』


 二人が名乗り合うと同時に、アイアンバッファローが仕掛けてきた。太い片腕を振り上げ、戦斧を一閃させる。


「喰らえ、黒旋風!!」


 まだ間合いに入っていない距離で振るわれた戦斧が、突風を巻き起こした。旋風が渦を巻き、やがてハリケーンと化す。


「竜巻地獄だ!!」


 渦巻く強風が迫る。しかし、シローは腰を落として身構えた。拳を振り被り、迫る竜巻の風体を狙う。


『洒落臭い!』


 強い踏み込み。強靭な脚力で地を蹴る。その力は下半身から上半身へと連動し、背骨を伝い、右肩へ。さらに腰の捻りによる遠心力が加わり、力は右腕を抜けて拳へと集約された。


 放たれる正拳突き。


 パンッ、と音が鳴る。


 瞬間、渦巻く竜巻が音を立てて爆ぜた。突風が爆散し、観客席にまで風圧が届いて髪を揺らす。


 それを見て、目を丸くしたアイアンバッファローが感嘆の声を漏らした。


「おお、なんて素晴らしい突き技だ!」


 その表情には、強者と相まみえた喜びが浮かんでいた。髭に隠れた口元が微笑んでいる。



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