231【残影対決】
ポニーテールの男は剣を鞘に収めると、死屍累々のように倒れる闘士たちの群れの中を歩み、元いた場所に戻って行った。
「うぅぐぅ……」
「畜生……」
「いてぇ〜、助けてくれ……」
倒れている闘士たちは皆が重症の様子だったが、死んでいる者はいないようだった。たぶん、切られる際に手加減されたのだろう。
しかし、見事な三十三の斬撃だった。走り込む姿勢、視界から斬り掛かる太刀筋、殺気を消すテクニック。どれを取っても一流を超えた極上品の腕前。
あの剣技を会得するのに、あのポニーテールがどれだけの稽古を積んできたかが、一太刀一太刀から明らかに感じられた。
サービスだろう。シローが三人相手に手の内を晒したことに対してのサービスだと思った。
そして、係員たちにより、負傷した闘士たちが次々とタンカーで運び出されていく。
シローが白骨の四角い顎を撫でながら述べる。
『見事だな。致命傷を押さえながら、相手の活動能力を無効化するように斬っている。なかなか誰にでもできる芸当じゃあない』
ポニーテール男は振り返ると述べた。
「剣技は殺技。ゆえに、手加減を学ばなければ、殺すばかりになってしまう。それでは、人生を安全には生きていけない。また、殺さずも必要な芸当なり」
ポニーテール男は微笑みながらシローに言う。
「君も、ゆえに無手で戦うのだろう?」
素手とは、闘争では最大級の手加減である。
シローは指関節をポキポキと鳴らしながら返す。
『強さを示すのに、殺害は不必要。殺さずとも勝てるならば、それに越したことはない』
「同感だ――」
すると、黒騎士が甲冑を揺らしながら笑い出す。
「甘い! スプラッシュビートルの睾丸のように甘い考えだな!」
スプラッシュビートルの睾丸がどのぐらい甘いかは知らなかったが、笑われるほどに甘いのは理解できた。
黒騎士は、二階テラス席のルイス国王に向かって怒鳴った。
「国王陛下に訊きたい!」
ルイス国王は、玉座に肩肘をつきながら黒騎士を見下ろしていた。強靭な眼差しで選手たちを見ている。
黒騎士が述べる。
「今宵、私の対戦相手はアイアンバッファロー氏だった!」
アイアンバッファローとは、二丁斧を持った巨漢の髭親父である。
「だが、もしもです。この場で、この乱入者を倒したのならば、チャンピオンのシリヌ・カール氏との対戦を許してもらいたい!?」
その問い掛けにルイス国王は、無言で頷いた。許可が出る。
黒騎士は、「良し!」と拳を握ると前に出て来た。
チャンピオンとの対戦は、上位ランカーとて早々巡ってこないチャンスである。黒騎士とて、願ってもなかなか組まれないカードであるのだ。
その願いが叶うかも知れない。シローを撃退したのならば叶うのだ。これは絶好のチャンスである。
心が踊る黒騎士が、感情を押さえながら名乗りを上げた。
「我が名は、黒騎士バッシューラ。次のお相手を願いたい!」
黒いプレートヘルムで顔を隠し、全身フルプレートの黒騎士。腰には剣を下げ、左腕には黒いカイトシールドを持っている。背中には黒いマントが靡いていた。黒馬に乗っていたのならば、名乗る通りの黒騎士が完成するだろう姿だった。
『OKOK。挑んでくる者は、すべてを返り討ちにしてやるぜ!』
「乱入者が、デカく出るな!」
バッシューラの言葉は正論である。
距離にして10メートル。二人が向かい合う。その間に闘気が揺らいでぶつかり合っていた。空気がぶつかった場所で景色が歪んで見える。
その景色は、観客席で観戦していた素人たちにも悟れるほどだった。ただの観客たちにも空気が歪んで見えたのだ。
「す、凄い闘気だ……」
「空気が歪んでいるぞ……」
「こんなの、初めて見る……」
「すげぇ……」
観客席からどよめきが上がっていた。今までの試合と格が違うのが観客たちにも悟れた。
僅かな沈黙。向かい合う二人。しかし、先手はバッシューラから攻め立てる。黒騎士から前に駆け出した。
そして、素手のシローよりも遠い間合いで腰の鞘から剣を抜刀した。袈裟斬りで斬り掛かる。
途端、シローが瞬足で踏み込み、袈裟斬りよりも早い速度で拳を黒騎士の胸に打ち込んだ。骨の拳が黒い甲冑にめり込んだ。
観客が叫ぶ。
「決まった!!」
「一撃だ!」
「勝負有り!!」
――ように、見えた。
次の瞬間には、二人は元いた場所に戻っている。10メートル離れた位置に立っているのだ。
「「「「ぇ!!??」」」」
観客たちが声を上げながら首を傾げる。
「あれ、動いていない?」
「どういうこと?」
「な、何が起きた?」
不思議。二人は微塵も動いていない。それは、互いに闘気だけを飛ばし合い、次の手を探り合った高度な技術だった。一部の達人たちのレベルで行われる高度な戦術である。それを、二人は遣り合ったのだ。幻だったのだ。
『やるね~。ここまで出来る人間と戦うのは、久々だよ』
「私もだ。これはもしかして、チャンピオンと戦うよりも貴重な体験かも知れない」
『そう言ってもらえると、有り難い!』
「こちらもだ!」
再び二人が走り出る。それもまた闘気の残影。シローは飛び蹴りで、黒騎士は兜割りの一振り。そして、攻撃が交差する。
シローの飛び蹴りが黒騎士のヘルムを横殴るが、バッシューラの斬撃もシローの股間を切り裂いていた。
相打ち!
途端、二人の闘気が巻き戻る。元いた場所に二人の姿が戻っていた。やはり二人は動いていない。闘気だけを飛ばし合っていた。幻の攻防である。
しかし、バッシューラが揺らめいた。頭を蹴られたダメージを感じているようである。
シローのほうも股間を片手で押さえていた。股間を切られた実感があったのだろう。
両者、五分の実力に窺えた。




