228【ハリセンボン】
アルル円形闘技場・総合最強部門チャンピオン、シリヌ・カール。
身長は180センチを少し超える程度。体重は100キロを越えているだろう。筋肉質で太い上半身にはプレートメイルを着込み、下半身は革鎧だった。
腰には魔力を帯びた魔法剣を下げている。その剣は強大な魔力を押さえきれず、鞘に収まっていながらも隙間から魔導の力を漏れ出させていた。その魔力が陽炎のように彼の身体を包んでいる。
シリヌ・カールは三十半ばの中年男性。頭はスキンヘッドで、深い堀の顔立ちには眉毛が無い。一見してゴリラにも似たごつい顔付きだ。
だが、並のゴリラ顔ではない。明らかに百単位で人を殺めてきただろう、殺伐とした相貌だった。そこには残酷さと残忍さが滲んでいる。
この男が、また強い。それはコロシアムの観客なら誰もが一度は目にしたことのある圧倒的な強さだった。
自慢の魔法剣は巨岩をバターのように切り裂き、その斬撃は離れた闘技場の壁すら斬り裂くほどの威力を誇る。実際、コロシアムの壁にはその跡である幾筋もの切り傷が残っている。
人間程度ならば鎧ごと真っ二つに切り裂ける力を持っていた。それは人間技とは思えぬ破壊力だ。
その無敵のチャンピオンを、シローはデビュー戦の相手に選んだ。会場が盛り上がらないはずがなかった。
指名されたシリヌ・カールは、その場から動かない。ただ選手たちの中からシローを睨み付ける。その威圧的な視線を押し返すように、シローも髑髏の無眼で睨み返していた。
その時、選手たちの中から一人の娘が歩み出て怒鳴り声を上げる。
「ちょっと待ちなさいよ、そこのアンデッド!!」
声に観客たちの視線が集まる。数人がどよめきながら囁いた。
「エピヌー・プルだ!」
「拳闘士部門のランカーが出てきたぞ!」
「ハリセンボンのエピヌーだ!」
ざわめく観客を無視して、激昂するエピヌーは靭やかな体を魅惑的に揺らしながら前へ進む。その歩みはチャンピオンであるシリヌ・カールの背を追い抜き、先頭に立った。
エピヌー・プルは十代半ばに見える少女だった。おそらく二十歳を迎えていない顔立ちである。すこしまだ幼い。
しかし彼女は拳闘士部門で二十位にランクインしている。立派なランカーの一人だ。そして、血気盛ん。相当のお天馬だろう。
「ぺっ!」
エピヌー・プルが唾を吐く。
ショートヘアーに赤いバンダナを締め、細く柔軟そうな身体には露出度の高いビキニ型の革鎧を纏っていた。明らかに防御力よりも機動性を重視した装備だ。
彼女はレディースのヤンキーのように居直り、シローに吠えた。
「ゴラぁ、骸骨!」
シローの眼前まで歩み寄ったエピヌー・プルは、下から見上げるように綺麗な顔を寄せ、鋭い眼を飛ばしながら叫ぶ。
「あたしたち闘技場の闘士は、一から地道に敵をぶっ倒して、コツコツとランキングを上げてきたんだ。それをなんだ。いきなりチャンピオン様と戦わせろだと? 舐めんなよ、このボケナスが!!」
御尤もな意見である。確かに彼女の主張にも一理あった。
すると、露出した肌から鋭い針が無数に飛び出してくる。
ビキニで覆われていない部分を埋め尽くすように伸びる針。長さは五センチ以上あるだろう。触れれば串刺しになるほどの量だ。顔も胸元も太腿すら針だらけになる。
彼女の戦法は、この無数の針で相手に抱き着き、串刺しにすることだった。時には守りにも使える。素手で戦う闘士部門では非常に厄介なスキルだ。
シローが問う。
『なあ、その針は闘士部門では反則にならないのか?』
「ならないのよ。これはあたいの固有スキル。体質が生み出した、ただの鋭い皮膚。魔法でも何でもないわ!」
『そうなのか――』
そう呟いたシローが骨の手を伸ばし、エピヌー・プルの首を鷲掴みにした。喉輪である。
「うっ!!」
骨の手の隙間を針が貫通したが、何の意味も成さない。シローはそのまま首を締め上げる。
『この闘技場は、針だけで勝ち上がれるほど、お粗末なのか?』
そう言いながら、片腕で彼女の軽い体を持ち上げる。首を掴まれ宙吊りになったエピヌーは、顔を真っ赤にして足をバタつかせた。
「こ、この骨野……郎……がぁ……」
『笑止千万!』
シローは彼女を掲げたまま後ろへ振りかぶり、眼前の地面に全力で叩きつけた。
轟音が闘技場に響く。エピヌー・プルの身体は無惨にもワンバウンドし、衝撃で無数の棘が折れて周囲に散らばった。
「……がっ……がぁ……」
地面に叩き付けられたエピヌーは、陸に釣り上げられた魚のように口をパクパクさせている。倒れたまま背を反らせ痙攣していた。おそらく呼吸ができていないのだろう。
そして、今の一撃で会場は静まり返った。観客はシローの底知れぬ実力を目の当たりにしたのだった。
静まり返る会場の中で、テラス席の玉座に腰掛けるルイス国王が、隣に腰掛けるフィリップル将軍に語り掛けた。
「面白い選手だな。是非に我軍に欲しい逸材だ」
「残念ながら国王。それは既に断られました」
「それは、残念だ。く〜くっくっく――」
二人の王族はシローの姿を見下ろしながら笑っていた。まるで無邪気な子供のように――。




