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224【アルル円形闘技場】

 翌朝――。


『よし、これで今月の出荷は終わりだな』


「ありがとうございます、シロー様」


 ヴィエヤールが段ボールを受け取ると、マリマリが礼儀正しく頭を下げた。その後、シローはゼニルが入った小袋を受け取る。小袋からは、じゃらじゃらとした重みが伝わってくる。


 今月分の出荷品をマリマリに直接納めたシローは、仕事をやり終えた安堵を覚えた。肩の荷が少し降りた感覚である。


 鉛筆、消しゴム、ボールペン、電卓、塩500グラム、胡椒15グラム、砂糖1キロ、A5コピー紙500枚セット、カレーのルー一箱――合計で二十二万四千ゼニル。これと同じ分をアサガント商店からも受け取っているので、今月の【残30日/残30グラム】の金塊ノルマは達成したことになる。


 マリマリ曰く、文房具はコメルス商会内で使用し、余った分は売りに出しているらしい。調味料はほとんどがマリマリたちの食事に使われているとのこと。だから彼らが開く食事会は客人から「とても美味しい」と評判なのだという。


 マリマリが頭を上げ、シローに言った。


「シロー様。そろそろ出荷品の量を増やしては如何でしょうか。われわれコメルス商会が力をお貸しすれば、パリオン内で容易に商品をさばけますよ」


『そうだな〜……』


 シローは考え込む。


 確かにマリマリの言葉には一理ある。以前は人手を考えて出荷量を抑えていたが、今は現実世界にもクロエがいるし、出荷品をそろえるのも問題ないかもしれない。ならば、もう少し量を増やしてみてもいいだろう。


『分かった、マリマリ。来月から少し出荷量を増やす努力をしてみるよ』


「本当ですか。ならば、まず調味料を増やしていただけませんか?」


『塩とか砂糖をか?』


「はい。胡椒、塩、砂糖は、我が家が開く食事会で大変評判が良くて。金持ち貴族でもなかなか手に入らないほど高品質と評されております。すでに“ぜひバイヤーを紹介してほしい”と仰る方々も多いのです」


『なるほどね〜』


 この異世界の料理は総じて不味いと言われている。そもそもの調味料が現代と違うのだろう。やはり売るなら調味料を増やすべきだとシローは考えた。


 そして――。


『なあ、マリマリ』


「何でありましょうか?」


『出荷量を増やす代わりに、頼みを聞いてくれないか』


「何をでしょう?」


『以前、俺の魔法――ゲートマジックについて説明したよな』


「はい。現在地と太陽の国を繋ぐ魔法の扉。確か“死者しか通れない扉”だと伺っております」


『そのゲートマジックがレベルアップしてな。固定の扉を増やせるようになったんだ。それで、固定扉をパリオンに設置したい。協力してもらえないか?』


「固定扉とは、どのような扉ですか?」


『死者しか通れないのは同じだが、ピエドゥラ村の俺の店と、設置した場所が繋がる。だから品物の運搬が楽になる。出荷品は俺が運ぶ必要があるがな』


「でしたら、昨晩お泊まりになった部屋をお使いください。館の使用人には話を通しておきますので、ご自由にお扱いください」


『それは助かる!』


 こうして固定扉の件はまとまり、俺たち三人はパリオン観光へ出かけた。目的地はコロシアムである。


 ソフィアの案内で、パリオン内に建つコロシアムへ向かう。到着すると、ソフィアが紹介した。


「ここがアルル円形闘技場です――」


 人混みが散らばる広場の中央に、それは聳えていた。


 古代ローマのコロシアムを思わせる石造りの建物は、威厳と闘志に満ちた外観。どの角度から見ても“The・コロシアム”というべき姿だった。


 建物の大きさは、現代の野球場ほど。ソフィアによれば、フランスル王国最大で、観客動員数は二万人にも及ぶという。


 休日には、ここで闘士同士の試合が繰り広げられるそうだ。


 娯楽が少ない中世の時代背景ゆえ、民衆は試合の日になると押し寄せ、会場は大いに盛り上がるのだという。


『中に入れるか?』


「入れると思いますが、今日は試合のない日ですよ」


『構わん。空気を感じたいだけだ』


「はあ……」


 三人はアルル・コロシアムに入った。出入り口には受付も警備もなく、すんなり入れる。さすが旧世界のセキュリティー、穴だらけだ。


 無人の廊下を進み、観客席に出る。目の前には、巨大な闘技場とすり鉢状の観客席が広がっていた。まるで東京ドームを思わせる規模だ。


『おおっ!』


 シローから見たら絶景。心が騒ぐ。


『大きいな……』


「フランスル王国で一番大きなコロシアムですから。ここで土日に血なまぐさい試合が行われます」


 シローは柵の側まで近づき、辺りを見回して誰もいないのを確かめると、柵を飛び越えて闘技場内へ入った。


「シロー様!」


『気にするな。どうせ誰もいない』


 しゃがみ込んで地面を確かめる。薄く1センチほど積もった砂の下には硬い土が有る。大相撲の土俵にも似た硬さだ。


『これは投げを食らったら堪らん硬さだな。だが踏み込みはしっかりしている。いい地面だ』


 砂を集めて掬い上げると、小石のようなものが混ざっていた。


『んん?』


 それは小石ではなかった。人間の歯や爪、動物の牙のような尖ったものだった。


『なるほど……この地面には闘技場の歴史が積もっているのか。怖いねぇ』


 そう言うと、シローは手のひらの砂を宙に投げた。そのモーションはご機嫌である。自分が居るべき場所に帰ってきた気分なのだろう。



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