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222【意地でも結婚】

 シローは電動バリカンでオルオルの頭を坊主に刈りながら、ヴィエヤールに問うた。


『なんで俺がコメルス商会に婿入りせにゃならんのだ!?』


 老執事のヴィエヤールは、溜め息をついて答える。


「シロー様はもう商人なのですから、素直に長い物には巻かれてください」


『やだよ、そんなの……』


「また駄々を捏ねる……」


 ティーカップを片手にソファーへ腰掛けていたチルチルが冷静に口を挟んだ。


「ヴィエヤール、シロー様はね、こじんまりと商売を営みながら大きく稼ぎたいの。商売の規模を広げたいわけじゃないのですよ」


『さすがチルチルだ。よく分かってる!』


 しかしヴィエヤールは淡々と返す。


「そのようなお子様じみた意見が、大人のマリマリ様に通じると思っていますか?」


「ぅ――……」


 チルチルは返事をしない。母をよく知っているからだろう。


『それにだ、もしも俺が婿入りしても跡取りは作れないぞ。だって俺は死んでいる。死人は子どもを作れない。だから俺の代でコメルス商会は終わることになるぞ。それでもいいのか?』


 シローが核心部を付いてきた。


 そう、シローはアンデッドだ。チルチルと結婚しても子供は望めず、世継ぎは生まれない。コメルス商会はそこで潰えるはずである。


「それは問題ありませんわ!!」


 バタン、と扉が開き、赤いドレスの女性が客間へ飛び込んできた。


 赤毛をアップにまとめ、真紅の派手なチューリップドレスを着たその貴婦人は、チルチルの母でありコメルス商会の会長――マリマリである。四十歳を越えているはずだが、三十代に見える美貌の持ち主。ただし厚化粧感は否めない。


 フサフサの羽付きの扇で口元を隠しながら、マリマリは言った。


「チルチルちゃんとシロー様が結婚すれば、跡取りは必須。ですがシロー様はアンデッド。一般常識では二人の間に跡取りができないのが普通!」


『ですよね〜』


「ですが、その問題を解決する魔導書がありますの!」


『「なんだってぇ〜!?』」


 シローとチルチルが声を揃えて驚く。シローは絶望の色を浮かべ、チルチルの瞳は輝いていた。


 マリマリは分厚い電話帳のような書物を掲げ、希望に満ちた目で告げる。


「これが件の魔導書【冥界からの世継ぎの作り方】ですわ!」


『なんじゃそれ!』


 ここで正座状態を続けていたオルオルが口を挟む。


「あの〜、そんなことより俺、そろそろ正座をやめてもいいですか……?」


『だめ!』


「酷い……」


「あら、なぜオルオルがここにいるのかしら?」


 部屋の隅で正座をさせられているオルオルを見てマリマリが首を傾げる。そんな様子の母親に息子が助けを求めた。


「母上、聞いてください。この野郎がいきなり暴力を振るって、私の頭を刈ったのです。見て、坊主ですよ、坊主!!」


 母親は冷めた口調で述べた。


「オルオル、坊主がよく似合いますわよ。今後はその髪型で過ごしなさいな」


「そんな!!」


「そんなことよりも、この魔導書には儀式で死者を復活させ、夫婦の間に子共を授ける秘法が記されていますの!」


『なんだかインチキ臭い話だな……』


「で、ですね……」


 話し合う輪から外れていたソフィアもそう感じていた。しかし、口を挟まず家族のやり取りを眺めている。


『そもそもなんで俺とチルチルが結婚せにゃならんのだ?』


「シロー様はまだそんなことを言っているのですか。うちの娘に何か問題でも?」


『チルチルには問題ないけどさ……ほら、俺とは年齢が離れすぎているし……』


 ヴィエヤールがシローに尋ねる。


「ところでシロー様の年齢はいくつなのですか?」


『四十歳だ……』


 扇子を閉じたマリマリが微笑む。


「私と変わらない年齢ですね。ならば問題ありませんわ!」


『いや、問題あるだろう。親と同じ世代の旦那って犯罪じゃね……?』


「フランスル王国では犯罪になりませんわ。そのくらいの年齢差で結婚している貴族はたくさんいますからね」


『さすが中世だな。娘に人権はないのかよ……』


 ヴィエヤールがマリマリに向き直る。


「ですが奥様、世継ぎの前にまずは結婚式です。コメルス商会の跡取り娘がご結婚なさるなら、式は盛大にしなければなりませんぞ!」


「そうね、ゲストは最低でも五百人は呼ばなくては!」


「そうなると会場の手配が重要ですな!」


「パーティー会場の手配のついでに、婿養子夫婦用の新居を建てましょう。そこをパーティー会場に使いましょうか!」


『おいおい、結婚パーティーのために新居を建てるなよ。しかも、五百人がパーティーできる新居って、デカ過ぎじゃねえか……。そもそも俺は結婚なんてしないぞ』


 真顔のヴィエヤールがシローの肩に手を置き、クールに諭す。


「シロー様、いい加減に大人になりましょうぞ」


『ならねぇ〜よ。それに、まだチルチルが子供だろうが!』


「それは時間が解決します。あと五年――いえ四年で、チルチル様も立派なレディに成長しますから!」


『てめぇら、俺の意見は聞かないつもりだな……』


 正座させられたまま蚊帳の外のオルオルがぼそりと呟く。


「僕の意見も聞いてよ……。もう、正座をやめてもいいかな……」


『駄目だ!』


「ひ、酷い……」

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