221【婿養子】
パリオンの町外れ、マリマリの別荘――。
その客間の隅で、パンツ一丁に剥かれたチルチルの実兄――十八歳のオルオルが、強制的に正座させられていた。
オルオルは泣きそうに瞳を潤ませている。裸同然の姿で正座し、冷や汗を垂らして俯く彼の目前では、うんこ座りのシローが殺気を放ちながら覗き込んでいた。まるでヤンキーが真面目な生徒からカツアゲしているかのようだった。
チルチルとソフィアの二人は、応接セットのソファに腰掛け、優雅にお茶を啜っている。部屋の隅で繰り広げられるイジメには無関心だった。
『なあ〜、坊主〜』
「は、はい……」
『てめぇ、本当にチルチルの兄貴かよ?』
「はい、実兄です……」
『嘘つけや!!』
シローがオルオルの乳首をつまんで引き寄せた。
「ひぃぃいいい、もげる〜〜!!」
『あんなに可愛い妹を、可愛がらない兄貴がいるわけねぇだろ! 理由を作文用紙四百字以内で述べやがれ!』
「だって、あいつは獣人じゃないか!!」
血の繋がった妹ですら獣人となれば差別する――狂った常識にシローの怒りが煮え滾る。怒りのおーらが膨らんだ。
『黙れ、糞餓鬼が!!』
怒鳴りながらシローがオルオルの頭をひっぱたいた。ペシンッ、と乾いた音が響く。かなり重い平手打ちにオルオルが深くお辞儀する。
「殴ったな! パパにも殴られたことがないのに!!」
『ならば俺が何度でも殴ってやる!』
シローは再びオルオルの頭を遠慮なく叩いた。さらに手を上げると、オルオルは怯えて身をすくめる。
「ひぃぃ、もう叩かないで〜!!」
『根性も無いのかよ……』
悪態をつきながら、シローはアイテムボックスから何かを取り出した。それは、テレビのリモコンほどの大きさ――電動バリカンだ。スイッチを入れると、ブゥンと低い振動音が部屋に響く。
『じっとしてろよ、糞餓鬼。動くと怪我すんぞ!』
「や、やめて〜〜。何をするだ〜!!」
泣き叫ぶオルオルを無視し、シローは糞餓鬼の髪を剃り上げていく。七三分けの中央にバリカンのラインが一本刻まれた。
その時、客間の扉が開き、お茶のおかわりを運んできた老執事のヴィエヤールが入ってくる。
ヴィエヤールは刈られているオルオルを一瞥したが、何事もなかったかのようにチルチルたちのもとへ歩み寄った。
「チルチルお嬢様、お茶のおかわりをお持ちしました。いかがなさいますか?」
「ありがとう、ヴィエヤール。いただくわ」
「私もよろしいですか?」とソフィアもおかわりを貰っていた。
「はい、少々お待ちを――」
老執事は二人のティーカップに淡々とお茶を注ぐ。それを見ていたオルオルが叫んだ。
「爺ィ! 何してるんだ、俺を助けろ!!」
しかしヴィエヤールは聞く耳を持たず、注ぎ終えるまで無言で手を動かす。
オルオルがわめくと、シローが大きな手でその口を掴み、力任せに塞いだ。指の圧だけで歯が砕けるのではとオルオルは恐怖する。
『黙ってないと、バリカンで耳を削ぎ落とすぞ』
「んんんん〜〜〜〜んん〜〜〜!!!」
お茶を注ぎ終えたヴィエヤールが、ようやくシローの側へ歩み寄る。オルオルを見下ろし、冷めた声で言った。
「オルオルお坊ちゃま――」
「んんんん!?」
口を塞がれたまま、オルオルは必死に助けを求める視線を送っていた。しかし、ヴィエヤールには、オルオルを助ける素振りは無い。
なにより老執事の表情は氷のように冷たい。将来コメルス商会を継ぐはずの跡取りを、あからさまに軽蔑していた。
「残念なお知らせがございます……」
「んん??」
「私が命令を聞く優先順位が変更となりましたので、お伝えいたします」
「んん……」
「第一位は以前と変わらずマリマリ様です。ですが第二位がチルチルお嬢様に変更されました。オルオル坊ちゃまは第五位に下がりましたので、今後はお気をつけください」
シローがオルオルの口から手を放した。
「俺が、チルチルより下だって……?」
跡取りとして育てられたはずが、妹より下――それだけでも受け入れがたい。さらに“第五位”という順序に強い疑問が湧く。
会長である母マリマリが第一位なのは分かる。チルチルが父親を超えて第二位なのも納得いかないが、まだ理解できる。
だが父が第三位なら、自分は第四位のはずだ。なのに第五位とはどういうことか。それが疑問だった。
「なぜ俺が第五位なんだ。第四位は誰だ!!」
ヴィエヤールが淡々と答える。
「第四位は社長です」
「へぇ? 父が……?」
オルオルの思考は混乱した。やはり一人分だけおかしい。
「第三位は、こちらにいらっしゃるシロー様でございます」
『「へぇ??』」
二人の声が重なった。
『なんで俺が入ってくるんだよ……?』
ヴィエヤールは脱ぎ捨てられたオルオルの服を丁寧に畳みながら説明を続ける。
「マリマリ奥様は、チルチルお嬢様の婿にシロー様を迎え、将来はお二人にコメルス商会を継がせるお考えです」
『何を勝手なこと言ってやがる!』
「そんなふざけた話があるか!!」
「旦那様も同意済みです」
『俺は同意した覚えはないぞ!』
「俺も初耳だ!!」
「これは決定事項でございます」
『「決定すんな!!」』
再び、二人の声がピタリと揃った。




