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219【ポニーテールの男】

 翌日、ピエドゥラ村を旅立ったシローたち三人は、バイクと騎獣に跨がってパリオンまでの中間地点であるアン・ファス村を目指し、草原を爆走していた。


 騎獣で走るソフィアは、シローとチルチルが二人乗りで操るオフロードバイクを初めて見て驚いていた。


 最初は二輪の野生生物だと勘違いして珍しがり、あれこれと訊ねてきたが、バイクが鋼のゴーレムのような物だと説明すると、だいぶ納得してくれた。普段からブラッドダスト城でリビングアーマーに囲まれて生活しているだけあって、アーティファクトモンスターへの理解があるのだろう。


「シロー様。アン・ファス村が見えてまいりました!」


『よし、今日はあそこで一泊するぞ!』


「畏まりました!」


 アン・ファス村の手前までバイクで接近したシローは、村人に気付かれない距離でバイクを降り、ゲートマジック内に乗り物を隠す。それを見ていたソフィアが問う。


「何故にバイクを隠すのですか?」


 シローは額に穴が開いた白式尉の能面をずらし、髑髏を半面だけ晒しながら述べる。


『ただでさえ俺がこれだからな、あまり注目を集めたくない。それにバイクは意思がない。泥棒に盗まれたら堪らん。あれは安くない乗り物だ。騎獣が何匹も買える値段なんだぞ』


「なるほど、結構なお値段なのですね……。確かに格好いいですもの。私も欲しかったですが、購入は無理でしょうか?」


『バイクは餌の管理が難しい。ちょっと無理だと思う』


「そうですか……残念です……」


 そもそもこの異世界にはガソリンがない。それもあって異世界の一般人がバイクを維持するのは不可能だろう。現代世界のようにあちこちにガススタがなければ管理は無理である。


『よし、村に向かうぞ』


「「はい――」」


 三人は歩いてアン・ファス村に入り、真っ先に宿屋へ向かった。


『お邪魔するぜ〜』


 ソフィアが騎獣を納屋に繋ぎに行っている間、シローとチルチルは宿屋で部屋を取る。


 酒場には客がいない。静かで寂れた雰囲気の酒場だ。店の亭主と女将がカウンター内で何やら仕事に励んでいたが、二人はシローたちに気づくと出迎えた。


「いらっしゃいませ、お客様。お食事ですか、それともお泊まりで……す……かぁ!!」


 女将の言葉が、俺たちを見ると不自然に止まる。顔色が悪くなっていった。亭主もシローに気づいたようで、同じく顔が青ざめる。


「「ぎぃぁぁああああ!!!」」


 壁に貼り付くように悲鳴を上げる酒場の夫婦。シローを見て恐怖しているのだ。


『よう、二人とも元気だったかい?』


「「ひぃぃいいいいい!!!」」


 好意的に挨拶を投げかけるシローとは対照的に、夫婦は怯えていた。二人はシローがブランと初めて出会った時、トラブルに巻き込まれた張本人たちである。軽いトラウマになっていてもおかしくないだろう。


 やがて夫婦も落ち着きを取り戻し、三人は無事に宿を取ることができた。今晩はメイドたち二人をベッドで休ませてやれると、シローはほっとする。


 部屋割りはシローとチルチルが二人部屋、ソフィアは一人部屋となった。就寝の際、ソフィアが礼儀正しくシローとチルチルを見送ってくれたが、少し勘違いしている様子が怖かった。


 おそらくソフィアは、シローがロリコンだと勘違いしている。たぶん「夜はお楽しみ」とでも思っているのだろう。まあ、よくある誤解だ。最近は慣れてきた。わざわざ解くのも面倒だ。


 チルチルを部屋で寝かし付けたシローは、そっと部屋を出て一階へ向かう。


 深夜の酒場は静かだった。店主夫婦も寝たらしく、灯りもない。しかし暗視を持つシローには関係ない。


 暗視の視界に人影が映る。テーブル席に誰かが座り、晩酌をしているようだった。髪型はポニーテールの男。エールをジョッキで煽っている。


 男も二階から降りてきたシローに気づき、声をかけてきた。


「こんばんは――」


『こんばんは――』


 闇の中に微妙な空気が流れる。その空気から、わずかな敵意を感じ取った。殺気や殺意ではない。警戒心だ。


 まあ当然かもしれない。深夜の無人の酒場で出くわしたのだ。警戒して当然だろう。


 シローがどうするか迷っていると、ポニーテールの男が再び話しかけてきた。


「どちらからお越しになられましたか?」


『ピエドゥラ村です』


「お隣の村からですね」


『はい――』


 一般的な質問だった。口調も丁寧。旅人同士ならよくある会話だ。


 若いが太く自信に満ちた声。首の筋肉が発達しているのが分かる声色だった。


 声だけで悟れた。この男は戦士系だ――。


 その証拠に革鎧を着用し、椅子の陰に剣を立て掛けている。剣からは血の臭いが漂っていた。つい先ほど何かを斬ったばかりなのだろう。シローはそう感じた。


 この男は静かだが危険だ。修羅のオーラをまとっている。


 刹那、男が動いた。座っていた椅子が後方へ滑り飛ぶと同時に、立て掛けてあった剣が宙を舞う。背中側から回転した剣が胸元の両手に収まる。そのまま剣を鞘ベルトに差し込んだ。まるで大道芸のような動きだった。


 だが、それ以上は動かない。ただ立っただけだ。


「店の亭主は居ないかな?」


『さあ、俺も客だ。知らんがな――』


「そうかい。なら、ここで寝て待つよ」


『好きにしたら良いんじゃないか?』


 そう言ってシローは踵を返し、二階へ戻っていった。関わらない方が得策と考えたからだ。


 シローの予想では、男はかなりの手練れだ。戦ってみたいとも思った。しかし、それは今ではない。対戦の機会は必ず巡ってくる――もっと華やかな舞台で。


 その予想は、パリオンの闘技場で現実となる。


 運命だろう。


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