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217【ソフィアの弟子入り】

 シローはメイド服の上からソフィアに目付けを施した。爪先から頭の天辺まで、じっくりと視線を滑らせる。


 身長は170センチ有るか無いかぐらい。体重は60キロぐらいだろう。細身だがしっかりと背筋が伸びている。


 それより目を引いたのは、特徴的な拳。ゴリラの両手のように巨大で、握れば岩の塊さながらの凶器に見える。あの拳で一般人が殴られれば、鼻骨が陥没するのは必至だろう。


 しかし、それ以外の肢体は意外なほど細い。それでも鍛え上げられているのが一目で分かる。引き締まった筋肉が薄い皮膚越しに感じ取れた。


 背筋は凛として美しく、ボクサーかマラソンランナーを思わせる体型。メイド服の下の腹筋は、きっと六つに割れているはずだ。スピードと持久力を兼ね備えた身体だろう。そうとしか思えなかった。


 彼女の戦い方も知っている。現代ボクシングに酷似した格闘術を基礎にしたスタイルだ。拳技とステップによる体術が基本である。


 だが、ソフィアはその大きなゴリラアームにさらに甲冑のガントレットを装着して戦う。素手以上の殺傷力を得るためだろう。


 ゆえに彼女の技はスポーツではない。戦場を生き抜くための殺人術である。


 古来、空手もまた命を守る武術だった。しかし今や多くはスポーツ化し、かつての厳しさは化石のように風化している。


 四郎が現代格闘技界で無敗のチャンピオンとして君臨できたのは、その常識に縛られなかったからだ。


 勝つためなら、相手を殺してでも構わない――その覚悟をもって戦い続けてきた。


 その思想は、二人目の師匠・江戸川餅左衛門から学んだ古武術が源である。


 餅左衛門は生き残ることに執念を燃やし、目突き、金的、噛み付き、さらには武器の使用すら技として取り入れた。勝つためなら手段を選ばない男だった。


 一般の格闘家から見れば、狂気の沙汰だろう。美学など皆無と嘲られもした。


 だが海外での遠征経験を持つ四郎には、それこそが正しい戦い方に映った。平和に甘んじた日本が異常なのだ。


 世界の格闘技の舞台では、負ければ人生そのものを失う。栄光を失えば、次の日から路上生活へ転落する者も珍しくない。力だけが富と地位をもたらす――極道にも似た世界だった。


 その現実を知る四郎は、心構えが他のファイターとは数段違った。そして天性の才能がその覚悟に重なった結果、彼はチャンピオンとなったのだ。狂気の度合いが異なる。目も突ける、金的も打てる、噛み付きも恥じないのだ。


 ソフィアもまた同じ炎を瞳の奥に宿していた。生き残るための覚悟。きっと彼女の過去も平凡ではなかったに違いない。羅刹が心に住んでいる。


『それで、なぜ俺の弟子になりたい?』


 真っ直ぐな視線を返し、ソフィアが答える。


「倒したい男がいます。けれど、私は彼より弱い。だから、もっと強くなりたいのです。ですが、自力ではこれ以上は無理だと悟りました」


『なぜそう思う?』


「この二年、一歩も成長できていません。一人では限界です。そこにシロー様が現れました」


『俺が、お前を強くできると?』


「貴方の戦い方は、私のスタイルに近い。学ぶべきものが多いと感じました。それに――」


『それに?』


「貴方の魂の色が、我が師ブラム・アスウムに似ています……」


『誰だ、それは?』


「パリオン闘技場の拳闘部門チャンピオンだった方。今は亡き人です」


『……お、おい、待て』


「はい?」


 ソフィアが小首を傾げる。


『パリオンには闘技場があるのか!』


 シローは思わず声を張り上げた。目は期待に輝き、表情は少年のように嬉々としている。


『んん〜……』


 腕を組み、しばし考え込むシロー。やがて決意したように口を開いた。


『ソフィア、弟子にするのは構わん。ただし条件がある』


「なんでございましょう?」


『闘技場を案内できるか?』


「はい、可能です」


『ならばこれからパリオンのコメルス商会へ品を納めに行く。お前も同行してくれ』


「畏まりました」


『その後、闘技場を案内してほしい』


「畏まりました。では、ヴァンピール男爵様に有給を申請いたします。滞在はどのくらいに?」


『パリオンまでは騎獣で往復五日ほど。観光込みで一週間あれば十分だろう』


「承知しました。手配してまいります。出発はいつに?」


『お前の準備が整い次第だ。できればすぐにでも』


「はい、畏まりました」


 ソフィアは丁寧に一礼すると、ブラッドダスト城へ戻っていった。こうしてシローたちはパリオンへ向かう旅の支度を始める。


 目的はコメルス商会への納品、パリオンのどこかにゲートマジックの固定扉を設置すること、そして――闘技場の見学だ。


 旅のメンバーはシロー、ソフィア、チルチルの三人。他は留守番となる。


 闘技場という未知の舞台を想像しながら、シローは子供のように心を躍らせた。足取りは軽く、スキップすら踏んでいた。


『コロシアムだ〜。楽しみだな〜。ルンルンルン!』


「シロー様、何かありましたか。楽しそうですね」


 ご機嫌の俺を見てチルチルが話しかけてきた。シローの髑髏面が笑顔であることに気付いたチルチルも笑顔に変わる。


『そうだ、チルチル。サン・モンでお土産を買ってきた』


「本当ですか!?」


 シローはアイテムボックスからミラージュショップで購入したヴェノムレス・ネックレスを手渡す。しかし、アイテム名は伏せた。


「まあ、可愛いネックレスてすわ〜」


 チルチルはシローのプレゼントに喜んでくれていた。すると、それを見ていたブラン、シレンヌ、マリアにニャーゴまでもが両手を差し出してきた。四人とも笑顔である。


 ――忘れていた。


『すまん、四人の分は無い……』


 その言葉を聞いた四人の表情が、酷寒の吹雪に晒された人々のように無表情に変った。シローを凝視する冷めた眼差しが痛い。


「チルチル先輩だけズルいだべさ……」


『パリオンでは、ちゃんと買ってくるからさ……。許して……』


「絶対だべさ!」


 ブランの横でシレンヌが甲冑ヘルムを揺らしながら頷いていた。


『僕はスルメのミイラで構わないにゃ〜!』


 おそらくスルメの事だろう。


『はいはい、絶対に買ってきますよ……。約束するぜ……』


 お土産の怨みは怖いと知るシローであった。反省する。



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