215【里帰り】
〇〇県〇〇市の東山パワフル商店街。全長100メートルほどの通りには、いくつもの個人商店が並んでいたが、現在ではシャッターを閉め切っている店舗も多かった。
昔は賑やかで、名前の通りパワフルな商店街だったのだが、三十年ほど前に近所に大型デパートが出店したのをきっかけに客を奪われ、今では人通りすら少なくなっている。
再開発の計画も何度か上がったが、そのたびにいろいろな意見が飛び交い立ち消えを幾度も繰り返していた。
結果、死に行く商店街だと囁かれている。
そのパワフル商店街の一角に、昔から経営している賑やかな店舗があった。
店外の看板はネオンで綺羅びやかに咲き誇り、昼夜を問わず人の出入りが続いていた。自動ドアが開くたびに、騒音にも近い賑やかさが店内から漏れ出てくる。
しかし、その客層は柄が悪い。しょぼくれた爺さん。作業服の中年男性。派手な身なりのけばい女性。無精ひげだらけの若者。店を出入りする人々は、時には笑顔、時には激昂している。
そして、我々の知った顔の人物が、開かれた自動ドアをくぐってトボトボと歩み出てくる。
クロエ・エルフィールである。
自動ドアを出てきたクロエは俯きながら項垂れていた。まるでゾンビのように力ない歩みで店を出てくる。その俯いた顔には絶望が溢れていた。
「ま、負けた……」
小さな声で呟くクロエは顔面蒼白。この世の終わりを見てきたような顔色である。
「まだ、今月が始まったばかりなのに、給料の九割を負けてしまったわ……」
自動ドアの前で両膝から崩れたクロエが、土下座で謝罪するように座り込んだ。
そのような彼女の頭上で綺羅びやかに煌めくネオンの文字は「パチンコ」。しかも、ネオンが一文字消えており、「チンコ」になっている。
そこはパチンコ屋だ。クロエは支給されたばかりの給料をほとんどパチンコですってしまったのだ。
自動ドアの前で膝をつくクロエが叫ぶ。
「なんだよ、あの台は!」
アスファルトを拳で叩く。
「魚群からのカットインで鉄板かと思ったらハズレたぞ!」
さらにアスファルトを拳で叩く。
「しかも、その後に千回転はまって、やっと当たったかと思ったら単発ってありかよ!」
クロエは罵倒しながらアスファルトを滅多打ちに殴打した。悔しさの限りを大地に叩き込んだ。
「クソ! 糞! くそ! 糞! クソ! くそぉぉおおおお!!!」
クロエの拳でアスファルトが抉れていた。怒りの程が知れる。
「来月は、絶対に勝ってやるからな!!」
重症的な決意だった。この病気は治療不能なのだろう。
「何やってるんだ、クロエ……?」
「えっ……?」
アスファルトを殴打していたクロエが頭を上げると、そこには四郎が立っていた。その横にパーカーを着込みフードを被った少女が立っている。少女はマスクとサングラスで顔を隠していた。
「し、四郎様……」
クロエはパチンコでの敗北を隠すために冷静を装う。たぶんバレているだろうが、努力だけは試みた。
「ど、どうかしましたか四郎様……?」
「いや、お前を探していたんだよ。これから旅に出る。ナビを頼みたいから準備をしてくれ」
「旅……ですか?」
「新潟の長岡市までだ。電車とかの段取りを頼みたいんだ」
「はい……」
三人は四郎の自宅に帰ると旅の支度に取り掛かった。そして、駅で切符を買うと新幹線で新潟を目指す。
クロエは新幹線内で事情を聞いた。どうやら間宮総子の故郷を見に行くらしい。
『うわぁ〜〜……』
間宮総子は新幹線の窓ガラスに貼り付きながら外の景色を眺め続けていた。彼女にとっては、何もかもが新鮮な景色だったのだろう。何せ、浦島太郎なのだから。
「いや〜、助かったよクロエ。お前が防臭魔法を習得していてさ。バフリーフだけだとマミヤ夫人の悪臭を抑えるのにも限界があったからな」
「風呂キャンセル界隈には、基本的な魔法ですからね」
「お前、風呂に入らんのか……?」
「たまに入りますよ」
「――………」
それは、さて置き――。
間宮総子は、戦時中から中世の異世界に飛ばされて、何十年も放置されていたのだ。現代の景色が珍しくてもおかしくない。
『ま、まるで異国だわ〜……』
彼女はアンデッドだ。だからゲートマジックを通過できたのだ。だから現代世界に連れてこれた。
たぶん、グールの彼女がゲートマジックを通れたのだから、ヴァンピール男爵やマリアもゲートマジックを通って現代に来られるのだろう。
だが、シローには、異世界の住人を現代に連れてくるのは反対だった。それは、自分のアドバンテージを失ってしまうからである。
たとえ相手がアンデッドでも、簡単にゲートマジックを使わせてはならないだろう。こちらの世界を見せてはならないと思う。悪い予感しか湧いてこない。
しかし、今回は間宮総子を現代に招いたのには理由があった。
交換条件である。
ゾンビ病ドラッグの製造を辞める代わりに、故郷の長岡をもう一度だけでも見てみたいという願いだった。その願いを叶えたのである。
彼女は、惰性でゾンビ病ドラッグを作っていたと述べている。
松本心斎に見放されて、生きる目的を見失っていた。だから、ただ望む人がいるならばと思いゾンビ病ドラッグを作っていたらしい。
しかし、自分の行動が有害だと知った今となっては、ドラッグなんてどうでも良くなっていた。
だから、もう死のうと考えたらしい。シローが訪ねてきた機会が、ちょうど良いきっかけだったようだ。
彼女には、長すぎたようである。グールとして、人々から身を隠して暮らし続けた数十年が苦痛だったという。ゆえに、最後を迎える決心がついたらしい。
だが、最後に故郷の地を、もう一度だけ見てみたくなったらしいのだ。
そして、シローは承諾して間宮総子を特別に現代へと連れてきたのである。
長岡駅で新幹線を降りた一行は、レンタカーで間宮総子の自宅があった場所を目指した。
しかし、そこは広い田んぼだけが残っているだけだった。間宮総子が家族と暮らしていた我が家は残っていなかった。
まあ、数十年も過ぎているのだ。そんなものだろう。
その後も近所を回ってみたが、そこは間宮総子が覚えている景色はほとんど残っていなかった。記憶が一致するのは、山の形だけだった。
それでも、間宮総子は納得してくれた。
豊かな町並み。ワイワイと遊ぶ子どもたち。どれもこれも幸せそうに窺えた。それだけで、納得できたらしい。
『本当に平和になったのですね……』
遠くの夕日を眺めながら間宮総子は泣いていた。
そして、彼女の身体から魂が抜けていくのが四郎には窺えた。その魂が夕日の空に昇っていく。
すると、間宮総子の残された身体が崩れ落ちた。灰になる。
「あの人、行きましたね――」
「ああ……」
二人は踵を返す。夕日に背を向けた。
「じゃあ、帰るぞ……」
「はい、四郎様――」
間宮総子が送った不老不死の人生は、こうして終わったのである。




