表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

218/263

211【アンデッドルーム】

 シローの胸板に、ぽっかりと丸い穴が開いていた。レッド・オルガが義手の砲身から放った魔法攻撃の跡だ。


 その一撃は背後の壁をいくつも貫き、威力のほどを知らしめている。仕込み武器にしては上等な破壊力だ。危うくクレマンも破壊光線に巻き込まれるところだった。


 だが正面からその光線を受け止めたシローの胸には、直径三十センチほどの大穴が開いている。穴からは焦げた煙が上がり、肋骨や背骨が焼け落ち、背後に立つクレマンの驚愕した顔が覗いていた。


『ボーンリジェネレーション!』


 シローが修復魔法を唱えると、胸の穴はみるみる縮まり塞がっていく。傷はすぐに完全に閉じた。


 尻餅をついていたレッド・オルガが、ゆらりと立ち上がる。憎々しげな顔でシローを睨んだ。


「外見だけじゃなく、中身まで化け物か……」


『日頃の鍛錬があるからな。常人以上の努力を積んでいるんでね』


 クレマンは思う。――努力でどうにかなるレベルではないだろう、と。


『さて、そろそろ俺の訊きたいことを話してもらおうか』


 ゾンビ病ドラッグの件である。


「クソが……」


『話す気になったかい?』


「しかたねぇ――」


 レッド・オルガの中年顔が悔しさに歪む。その途端、片目を覆っていたアイパッチの中央が赤く発光した。


「だが、断る!!」


 赤光に包まれたアイパッチが焼け、真紅のレイザービームが射出される。強烈な炎系の魔力がほとばしった。


『っ!?』


 炎の光線が白式尉の仮面を貫く。額のど真ん中を撃ち抜き、後頭部を突き破って背後へと飛び抜けた。


「危ねえ!!」


 クレマンが慌てて身をそらす。紙一重で再び魔法攻撃を回避する。


「どうだ!?」


 シローの頭部を貫いたレッド・オルガの不意打ち。しかしシローは額に丸い穴を開けながらも立っていた。能面の穴から焦げた煙が上がるが、まるで効いていない。


『だから火力が低すぎるってばよ。もっと消し炭になるほどの火力を用意しろ』


 言いながらシローが拳を振りかぶる。その拳がレッド・オルガの顔面めがけて走った。


『ふっ!!』


「ひぃ!!」


 だがパンチが着弾する刹那、レッド・オルガが怒鳴る。


「参った!!」


 シローの拳はオルガの眼前で止まった。止まった拳の圧だけで中年男の皺を伸ばすように空気が揺らぎ、海賊帽が飛び、肩まである髪が揺れる。


 拳を引いたシローが低く言った。


『さあ、洗いざらい吐いてもらうぜ、オッサンよ』


「し、仕方あるまい……」


 うなだれたレッド・オルガは、観念したように同意した。盗賊ギルドのアジトでの戦闘はこうして終わった。


 直後、ギルドの一人が叫ぶ。


「よーし、まずは怪我人の治療だ! 怪我してない奴は後片付けだ、さっさとかかれ!」


 シローが大暴れした後片付けが始まる。怪我人の手当て、破壊された家具の整理、壁や扉の修復。盗賊ギルド内は改装工事のような慌ただしさに包まれ、外から大工などの業者も入ってきた。


 そんな中、シローとクレマンの二人はレッド・オルガに導かれ、盗賊ギルドの地下二階へと向かう。


 地下は岩造りの堅牢な造りだが、薄暗く湿気がこもっている。時折、壁をムカデが這っていた。


『うわっ、ムカデだ……!』


 シローの後ろを歩くクレマンがつぶやく。


「シロー殿、ムカデがお嫌いですか?」


『こ、昆虫全般が好きではない……』


「そうなのですか、お可愛いことで」


『好きじゃないだけで、苦手なわけじゃないからな。勘違いすんなよな!!』


「ムカデは、美味しいですのに」


『マジ、食べるの!!??』


「薬にもなります」


『なるか! こんなもので人が健康になるわけがない!!』


「そう言われましても……」


 やがて目的地にたどり着く。地下二階、盗賊ギルドの最奥――幹部クラスしか入れないエリアだ。


 廊下の突き当たりには分厚い鋼鉄の扉。その名もアンデッドルーム。ゾンビ病ドラッグが製造される工場であり、研究室でもある。そしてそこは、一体のアンデッドが住まう場所でもあった。扉の隙間から、死肉が腐ったかのような臭気が漂っている。


「なんて悪臭……」


『えっ、そう?』


 クレマンは口と鼻に布を当てて堪えるが、シローは何も感じていない。嗅覚がないからだ。


 レッド・オルガも口元を覆いながら言う。


「臭いに関しては勘弁してくれ……」


「は、はい……」


『あー、俺は大丈夫だから』


 シローの返答を聞きつつ、レッド・オルガは扉に掛けられた錠前を外し、振り返って告げた。


「中にいる人物を見ても驚かないでやってくれ。彼女も、人間だったんだ……」


『彼女?』


 鉄扉が開かれ、奥へ進む。奥に進むほど臭気は強まり、クレマンの顔がさらに歪む。


 やがて木製の扉が現れ、レッド・オルガが静かにノックした。


「マミヤ夫人、起きているかい。レッド・オルガだ。今日は客人を連れてきた」


『マミヤ夫人?』


 室内から女性の声が響く。


『どうぞ、お入りになってください……』


 ――テレパシーだ。シローやマリアのように声帯を失ったアンデッドが使う、精神での言語。


 間違いない。この奥にはアンデッドが潜んでいる。


 扉が開かれると、熱気と共に悪臭の空気が雪崩れ出てくる。クレマンがさらに顔をしかめた。


「んん……」


 広い室内。ベッド、机、本棚、研究道具。そしてベッドには痩せた女性の影。頭から灰色のローブを被り、フードに顔を隠している。


『いらっしゃいませ。間宮総子と申します』


 アンデッドであろうその女性は、日本人の名を名乗った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ