209【盗賊ギルド襲撃事件】
サン・モンの町、勝敗通りの一角で、その事件は勃発した。
――盗賊ギルド襲撃事件。
その名は一日と経たぬうちに町のチンピラどもの耳に広まり、サン・モン史に残る大事件の一つとして語り継がれることになる。
舞台は三階建ての古びた酒場。二階は宿屋、三階は盗賊ギルドの事務所として使われているアジトだ。地下には牢獄や拷問室まで設けられている。
さらにその地下二階では、ゾンビ病ドラッグが製造されていた。ギルドの人間なら誰もが知る事実である。そのため警備は厳重で、酒場内には多くのチンピラが控えていた。
『さて、行きますか』
「はい……」
酒場前はスラムの入口だけあって人通りが少ない。だが今日は快晴で、微風が心地よく流れていた。いつもより陰気さは薄い。
酒場の入口にはリーゼントとパンチパーマのチンピラが二人、見張り役として立っている。町中だというのに腰にはショートソードを帯刀し、やる気満々だ。
「んん?」
リーゼントのチンピラが、こちらに歩いてくる二人組に気付いた。二人とも長身で体格がいい。一人はロングソードを腰に下げ、顔には布を巻いて口元を隠している。
そしてもう一人は、さらに怪しかった。老人を模した仮面を被り、見たことのない異国風の服を着ている。
何よりその立ち姿が凛々しい。背筋を伸ばし、堂々と歩み寄る姿は、隠しきれない敵意を漂わせていた。
「おい……」
「んん?」
リーゼントがパンチパーマに警戒を促す。パンチパーマも二人に目を向け、怪しさを察する。
次の瞬間、仮面の男が突如として走り出した。短距離ランナーのような猛ダッシュだ。
「なんだ、てめー!」
リーゼントが怒鳴った刹那、仮面の男はロケットのように頭から飛び込み、両腕をクロスさせる。
『フライング・クロスチョップ!!』
「げふっ!」
クロスした腕がリーゼントの喉を打ち、後頭部を背後の壁に叩きつけた。酒場の壁が激しく揺れる。
リーゼントは一撃で気絶。尻餅をついたまま動かない。壁には大きな亀裂が走っていた。
そして、相方がやられると、今度はパンチパーマが威嚇的に怒鳴る。
「この野郎!」
『ふっ!』
斜め下から上へと振り抜かれる鋭い廻し蹴り。バスケットシューズの爪先がパンチパーマの顎先をかすめ、カツンと音が響く。
すると、パンチパーマの両目がぐるぐると回り、膝から崩れ落ちた。口元から涎を垂らし、ぐったりと動かない。完全に気絶していた。
――一瞬で見張り二人を無力化。
だがクロスチョップで壁を揺らした音は、酒場内のチンピラたちを呼び覚ましてしまった。中から怒号が響く。
「なんだ、いまのは!?」
「敵襲か!?」
「皆、出逢え、出逢え〜!!」
酒場内が一気に騒然となる。しかし仮面の男は冷静だった。奇襲が発覚したことを気にも留めず、アイテムボックスから何かを取り出す。
『じゃじゃ〜ん。今日は派手にいくよ〜。クレマン、目を逸らしておけ』
「はい!」
取り出したのは発光弾――スタングレネードだ。安全ピンを抜き、酒場の中へ放り込む。
数秒後、耳をつんざく金属音とともに炸裂。激しい爆音と閃光が店内を満たす。
「「「ぎぃやぁぁあああ!!!」」」
閃光に焼かれたチンピラたちの悲鳴が上がる。十人以上がのたうち回り、しばらくは動けないだろう。
仮面の男は悠然と店内へ歩を進めた。店内は死屍累々のようにチンピラたちが倒れ込みながら藻掻いている。
仮面の男は、テーブル席で両目を押さえるロン毛のチンピラの髪を掴み、引き上げて尋ねる。
『なあ、ギルドマスターって居る?』
「うぅっがぁぁあぁぁ……」
ロン毛は涙を流し、目を押さえたまま答えられない。仮面の男は彼を投げ捨て、二階へと視線を向けた。
『やっぱ、上の階かな?』
階段を上がろうとしたそのとき、二階の奥から複数のチンピラが流れ出てくる。そして、一階の惨状を目にして驚愕する。
「なんじゃあこりゃ〜……」
「気を付けろ。こいつ、魔法を使うぞ!」
『外れ〜。でも、その勘違いでも構わんぞ』
仮面の男は一気に群れへ飛び込み、拳を振るう。荒波を切り裂くトルネードのように、次々とチンピラを薙ぎ倒していく。一瞬で二階が制圧された。たぶん、十人以上を伸しているだろう。
勢いは止まらず、三階へ。仮面の男の進撃は止まらない。フランケンシュタインのような男は黙って仮面の男を追い掛けた。
ギルドマスタールームに報告が入る。
「マスター、ガチ込みです!」
「もうそこまで迫ってますぜ!」
直後、扉が蹴破られ、報告に来たチンピラの一人が巻き込まれて倒れ込む。気絶した。
もう一人のチンピラが叫んだ。
「なんだ、テメー! クソ野郎! ぶっ殺すぞ!!」
チンピラの怒声を無視し、仮面の男が問う。
『ギルドマスターは居るか〜い?』
「私だ……」
広い部屋の正面にはマホガニーの高級机。その奥に腰かけるのはアイパッチの大男。体格的には、殴り込んできた二人組と変わらない。
その男は、中年ながら、幾多の修羅場を潜り抜けてきたことが一目でわかる顔つきだった。ゴッツい。
――盗賊ギルドを束ねる男、ギルドマスター・レッドオルカである。




