207【サン・モンの町中で聞き込み】
俺はミラージュショップの中を見て回る。
武器や甲冑、生活用品、本や楽器、さらには装飾品まで――並ぶ商品すべてから魔力を感じた。だが、アイテム鑑定Lv1では、掛かっている魔法の効果までは分からない。せいぜい、アイテムの名前が見える程度だった。
どうやらアイテム鑑定スキルとは、アイテムの名前を視覚化できる能力のようだ。しかし、スキルレベルが低いせいで、今は名前しか分からない。おそらくレベルを上げれば、効果も視覚化できるようになるのだろう。
一方、魔力探知スキルは魔力量を視覚で捉える能力である。魔力を持つ物は青い炎となって揺らめき、魔力が多ければ多いほど炎も大きく見える。視覚のオン・オフも可能だ。さらにレベルが上がれば、感知できる距離も広がるらしい。今はレベル4なので、4メートル先まで確認できる。たぶん「レベル×1メートル」という仕組みだろう。
なお、アイテム鑑定スキルは「触れている物」という条件が発動に必須らしい。そのあたりはなかなかシビアだ。
俺はレイチェル婆さんに尋ねる。
『なあ、婆さん。ディフェンス系が上がるアイテムは無いか? できれば女の子が喜びそうな、お洒落な装飾品がいいんだが』
狙いはチルチルの防御用アイテムだ。先日マリアに店を襲われた時の反省を踏まえてのことである。
俺の店の性質上、また何者かに襲撃される可能性は高い。普段はブランたちが守ってくれるだろうが、毎回あの四人が店に居るとは限らない。
商品が奪われるのは仕入れ直せば済む。しかし従業員の命は替えが利かない。万一死なれたら悲しいだけだ。特にチルチルは、他の四人と違って戦闘力が皆無である。だからこそ、彼女の身は何としても守らねばならない。
チルチルには、ペッパーボールガンを渡してあるが、彼女に似合う武器ではないし、信頼性も低い。だからこそ、装飾品という形で護りのマジックアイテムを渡すのが一番だろう。プレゼントやお土産と称して贈れば、彼女も受け取ってくれるはずだ。
「ご予算はどのくらいかね?」
『大金貨十枚までで……』
弾丸を売って大金貨五十枚を稼いだのだ。このくらいの出費は問題ない。
「これなんかどうだい?」
『んん――』
レイチェル婆さんが差し出したのは、チェーン状の銀のネックレスだった。装飾としては地味でシンプル。しかしそこからは強い魔力を感じ取れる。青い炎が大きく揺らめいていた。
『そのネックレスの効果は?』
「毒魔法、麻痺魔法、睡眠魔法の無効化さ。ただし自然の毒は効くから注意だね。ヘビやサソリの毒までは防げないよ」
『悪くないな。いくらだ?』
「大金貨三枚でどうだい?」
『300000ゼニルか、悪くないな』
一般大衆の月収が3000ゼニルの世界としては高額商品だが、命には変えられない。
少しでも耐性が付くのはありがたいだろう。俺はその銀のネックレスを買うことに決めた。
名前は〈ヴェノムレス・ネックレス〉。商品名は格好いいが、チルチルに渡す時は伏せておこう。女の子への贈り物に相応しい名前ではないからだ。
俺は大金貨を支払い、ネックレスを受け取る。包装は特になし。日本のデパートが特別なだけなのだろう。少し残念だ。
さらに俺はレイチェル婆さんに、レオナルドへ「会いたがっていた」と伝えてもらうよう頼む。
その後ミラージュショップを後にし、サン・モンの町のメインストリートへ戻る。そして今度はアサガント商会を目指した。ピノーに今月分の商品を納めるためだ。
だが店に着くと、ピノーは留守。品物は店員に預けるしかなかった。聞けば彼は、フランスル王国で第三の都市と呼ばれるリヨングへ、商談で出かけているという。大店の主だからこそ、多忙なのだろう。
代金を受け取った俺はついでに、アサガント商会の店員からゾンビ病ドラッグについて話を聞き出そうと試みた。政府や役人には話せなくても、同業者の俺になら何か情報を出してくれるかと思ったからだ。
しかし収穫はほとんど無い。皆口を揃えて「盗賊ギルドが捌いている」と言うだけ。しかも口ぶりは歯切れが悪く、あまり話したがらない。盗賊ギルドを恐れているのだろう。
この世界での盗賊ギルドは、現代で言えば暴力団やマフィアの類である。一般人が関わりたがらないのも当然だ。
情報収集はここまでと諦め、直接本人たちに当たることにした。
俺は町で、それらしい兄ちゃんたちを捕まえては、丁寧な口調で盗賊ギルドのアジトを聞いて回った。もちろん合法的にな。チンピラ衆は案外素直に答えてくれた。
教えられた方角へ歩いていると、ふと大きな背中の男とすれ違った。
背中の服は破れ、鞭で叩かれたような無数の傷跡が刻まれている。血も滲んでいた。見るからに惨い仕打ちを受けたのだろう。
トボトボ歩くその大男を追い抜きざまに顔を確認すると――見覚えのある人物だった。近衛隊のクレマンである。
ずいぶんとやつれて見える。まあ、近衛隊を解雇された身なのだから当然かもしれない。無職に絶望しているのだろう。




