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205【薬物戦争】

 カカト落としからの顔面踏み付け。仰向けのまま下半身をエビ反らせて仰け反っていたクレマンの両足が、バタリと音を立てて地に落ちた。ピクリとも動かない。


 クレマンの気絶を確認したシローが対戦相手の頭に乗せていた足を退ける。それから周囲を確認した。


 すると、輪を作り観戦していた近衛隊のメンバーと目が合う。


 殺気――。


 静かに近衛隊の全員がシローを睨み付けながら凝視していた。その眼差しには怒りが窺える。仲間を足蹴にされて倒されたことに屈辱を感じているのだろう。


 その眼差しは、まるで極道である。額に青筋を浮かべ、眉間に深い縦皺を寄せる眼光には、殺意が感じられた。この場に居るフィリップル公爵の許しが出たのならば、一斉に飛び掛かって行きそうな勢いである。


『今度は、全員で掛かってきても良いんだぜ』


「なんだと、この髑髏野郎!」


「ぶっ殺してやろうか!」


 髑髏面を晒すシローが煽る。その露骨な煽りに対して近衛隊たちは、グッと奥歯を噛み締めながら怒りを堪えていた。誰も飛び掛からない。


『詰まらん奴らだな――』


 そう呟いた時である。足元でうつ伏せに倒れていたクレマンが唸りを上げた。


「ぁぁあ、あぁぁああ……」


『うん?』


 その唸り声は、まるで地獄の亡者たちが唸っているかのように低く聞こえた。そして、クレマンがゆらゆらと立ち上がる。


 猫背で俯くクレマンの顔は見えない。だが、その口や鼻から糸を引くように大量の鮮血が垂れていた。それはまるで、水道の蛇口を僅かに開いて、水を少しずつ垂れ流しているかのような滴りだった。足元に赤い水溜りを作る。


 立ち上がったクレマンからは生気を感じられない。そして、ユラユラと体を動かしている。


「クレマン……?」


 近衛隊の仲間がクレマンに声を掛けたが反応を見せなかった。まるで声が届いていない様子である。


「うぅがぁぁあああ!!!」


 唐突に亡者の唸りと共にクレマンが木剣を振りかぶった。その勢いで顔を上げる。


「「「『っ!?」」」」


 クレマンを前方にしていた者たちが驚愕した。クレマンの顔色が、本物の亡者のように真っ青だったからだ。


 顔色は紫。瞳は白目を剥いており、目の下には黒い隈が出来ていた。さらには鼻が曲がり鼻血を垂らし、前歯が数本折れた口からも涎に混ざって鮮血が溢れていた。


 その表情は、まさにゾンビである。


「うぁぁあ、ああんあぁあぁあ!!」


「クレマン!」


『こいつ……』


 この姿、最近の話で見たことがある。


 それは、ラスベガスでの地下闘技場。対戦相手の二人目、ボブ・アイアンをKOした直後の話である。


 あの黒人は、気絶しながらも立ち上がった。そして、理性を失った状態で戦いを続行してきた。痛みも感じつに襲い掛かって来たのだ。


 そう、ゾンビ病ドラッグである。その症状によく似ていた。


『ふっ!!』


 即座にシローが動いた。中段の前蹴りがゾンビのようなクレマンの巨漢を吹き飛ばす。


 宙を舞うマッチョマン。蹴り飛ばされたクレマンが後方で観戦してた近衛隊を数人巻き込んで倒れ込む。


 だが、倒れたクレマンは、ゆっくりとした足どりで直ぐに立ち上がる。そして、再びシローに向かって両手を突き出しながら走り出した。


 その進撃は、隙だらけ。とても武道を嗜んでいる男の走りには見えなかった。防御は皆無である。


『ふっ、ふっ!!』


 二連の下段サイドキック。連続のジャベリンキックがクレマンの両膝関節を打ち抜いた。膝の皿が割れて、両足が逆方向に曲がる。両膝を破壊されたクレマンは仰向けで倒れ込んだ。


 それでもクレマンは進行を止めない。俺に向かって牙を向いていた。


『おい、これはなんだ?』


 俺は近衛隊に混ざっていたフィリップル公爵に問い掛ける。フィリップル公爵は、鬼のような表情でクレマンを睨み付けていた。


「ゾンビ病ドラッグだ……」


 やはりである。だが、何故に、現代のラスベガスで流行っているドラッグが、シローの管理する異世界で流行っているのかが疑問だった。


「イタリカナ王国で製造されているドラッグで、最近我が国にも入り込んでいる。我が国では違法薬物として管理していたが、それが近衛隊にまで広まっているとは……」


 他国からのドラッグ攻撃――。シローの世界でもしばしば見られる戦術だ。敵国の民を薬物で汚染して侵略する攻撃である。アヘン戦争などで有名だろう。


 ドラッグの怖さを知らない旧世界では、かなり効率的な攻撃である。仕掛けるほうは資金的にも潤い、仕掛けられる側は少しずつ衰弱して行くのだ。悍ましい侵略である。


 そして、今、魔の手がフランスル王国に忍び寄っているのだ。これは大問題だろう。


 フィリップル公爵が近衛隊に指示を出す。


「誰か、クレマンを医務室に連れて行き治療させろ。その後は尋問だ!」


「「「はっ!」」」


「それと、国共沿いの検問に、入国を厳しく管理させろ。微塵も薬物を入れないように検問を厳しくするんだ!」


「「「はっ!!」」」


 近衛隊が、揃って敬礼を見せる。その後、訓練は解散となった。


 シローは、ドラッグの出来事を口止めされる。ゾンビ病ドラッグに関してはフィリップル公爵が指揮を取って調べるらしい。


 目標は、フランスル王国からゾンビ病ドラッグの殲滅らしい。


 それよりもだ――。


 もしも、現実世界のゾンビ病ドラッグと、異世界のゾンビ病ドラッグが同じものならば、誰かが薬物をシローの異世界に持ち込んだことになる。


 おそらくは十中八九、犯人はゴールド商会の関係者だろう。これは、シロー的にも犯人を探さなければなるまいと考えていた。



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