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202【弾痕】

 サン・モンの町、フォンテーヌ・ブローリ城の食堂広間の壁には、デザートイーグルの50口径で撃ち抜かれた穴が開いていた。


 100センチほどある煉瓦の壁に開いた穴は、10センチ以上あるだろうか――穴のサイズは、大人の拳がすっぽりと通るほどの大きさである。


 それは、城の君主であるフィリップル・アンドレア公爵が、拳銃の試し撃ちに撃ち抜いた穴であった。


 食堂内では、いまだにフィリップル公爵と仮面の商人とが、なにやら密談を繰り広げている。


「あわぁわぁわぁ……」


 食堂の外の廊下。L字武器で撃ち抜かれた壁の穴を凝視しながら、数人の人物が恐れから硬直していた。その穴の対角線の壁にも鉛玉が刺さって出来たクレーターが掘られている。


 二人の完全装備の兵士が、フルプレートメイルを纏いながら話す。


「な、なんだ、今のは……」


「あれが、戦場で噂されているL字武器なのか……」


 二人の兵士は甲冑がガチャガチャと鳴りそうなほどに震えている。銃声に驚いているのだ。


「え、L字武器……。なんだよ、それ?」


「手のひらサイズで、形はL字。それは、稲妻のような激音を鳴らしながら見えない雷を放つ、伝説の武器らしい……。本当に実在したんだ……」


 二人の兵士たちの会話に、宮廷魔術師の若者が加わった。


「ですが、今の雷が鳴り響く瞬間には、魔力の流れを微塵も感じませんでしたぞ!?」


 若者は若干二十歳程度の若輩に窺えた。しかし、宮廷魔術師を任せられるほどの魔法の使い手。それだけの使い手が、魔力を感じ取れなかったことに驚いている。


 この異世界の飛び道具は弓かクロスボウ。あるいは魔法だけである。火薬を有した飛び道具すらない。そもそも火薬の智識が存在していない。


 そして、弓矢で硬いブロック壁を撃ち抜くスキルは存在する。暁の冒険団のアーチャー・ティルールが使うスマッシュアローなどであった。


 だが、スマッシュアローたるスキルは、使い手が自分の魔力を矢に込めて放つ技だ。ようするに、矢に魔力を込めて威力を向上させる技である。だから、魔法の使い手には矢から魔力を感じ取れるはずなのだ。


 それだけの魔法技術を積み重ねて、初めて壁を貫けるだけの技が放てる。それは、誰にでも出来るような簡単な技術ではない。一定以上の才能が必要である。


 しかし、食堂内から放たれたL字武器の弾丸には魔力を感じなかった。魔力の残量が無に等しかったのである。


 ブロック壁を打ち抜くほどの威力がありながら、魔力が皆無なんて、有り得ない話である。この異世界の法則から外れているのであった。


 食堂までシローを案内した大臣が冷や汗を大量に流しながら述べる。


「ま、まるで、ツルハシが、飛び道具になったかのような威力ですな……」


 二人の兵士が語る。


「壁に大穴を開けて、さらには二枚目の壁にクレーターまで刻むなんて……」


「もしも、あのような武器で、我々が撃たれたらどうなる……?」


 二人の兵士は、自分たちが着込んでいたフルプレートメイルを見回した。


 想像するに、もしもツルハシのフルスイングを、まともに回避も出来ない状態でプレートメイルの胸元に受けたのならば、間違いなくツルハシの先端が甲冑を貫き、その狂気は自分の心臓を貫くだろうと予想された。プレートメイルの装甲は、そこまで強固ではないのだ。


 要するに、L字武器で撃たれたら、間違いなく絶命するだろう。そのぐらいは誰にでも想像できた。


 大臣は二枚目の壁に出来たクレーターの中央からダガーを使って鉛玉をほじくり出した。それを眺めながら言う。


「こ、これが、見えない雷の正体ですか……」


 50口径の弾丸は、壁を貫いたことで変形していた。弾頭が潰れてキノコの傘のように開いている。


 大臣の手のひらにある弾丸を覗き込みながら宮廷魔術師の若者が述べた。


「やはり、魔力の残量を感じません……。一体、これは……」


 宮廷魔術師の若者は、拳銃の基本的な仕組みすら分からない。ゆえに、あまりにも未知で恐怖していた。


 そして、兵士の一人が、気付いてはならないことに気付いてしまう。それを、口に出してしまった。


「もしもさ……」


「なんだ?」


「もしも、この武器が俺たち一般兵にも支給されたらさ……」


「えっ……?」


「イタリカナ王国との戦争に、勝てるんじゃね?」


「あっ―――」


 素朴な発想であり、当然の発想だった。その言葉を聞いて、廊下にいた者たちの思考が止まる。


 それは、念願――。


 隣国のイタリカナ王国との戦争は、彼らが生まれる前から続いている長い戦争だった。百年は続いている。


 確かに、このL字武器が大量にあったのならば、確実にイタリカナ王国との戦争は有利に進められるだろう。淡ゆくば、フランスル王国の大勝利で終われるかもしれない。


 その程度の想像は、一般の兵士でも予想できる。しかも、その必勝武器を、王家出身の大将軍が手にしているのだ、想像だけが先走ってしまっても仕方ないだろう。


「こ、この戦争が、我らフランスル王国の勝利で終止符が打てるのか!」


「ああ、戦争が終わるぞ!」


 歓喜する若い三人。しかし、その輪から大臣だけが立ち去った。早足で廊下を進む。


「こ、これは、不味いぞ……」 


 小声で呟く大臣は、苦虫でも噛み締めたかのような表情を浮かべていた。何か不味いようである。


 そして、ブローリ城を飛び出すと、サン・モンの町の郊外にある古い洋館に馬車で向かった。


 大臣は目的地に到着すると馬車から飛び降り、洋館内に入って行く。


 その様子は、誰にも付けられていないかを警戒していた。如何にも怪しい。


 そして、洋館の一室で小さな手紙を書くと、伝書鳩の足に手紙を括って窓から放つ。


「これをほっといては、戦況が大きく狂うぞ……。早く祖国に知らせなければ……」


 洋館の窓から飛び立った鳩は、大空に向かって飛んで行く。そして、目指す先は、イタリカナ王国であった。



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