197【不老不死の敗北】
『チッ……。クソが……』
自分の右肘関節を見てシローが舌打ちを漏らした。ボーンリジェネレーションで修復したはずの傷が完璧には治っていないのである。全身の数か所に修復漏れの罅が残っていた。
『Lv3のボーンリジェネレーションだと、全身打撲のダメージは完璧に治らないか……。もっと魔法のレベルを上げないとな……。さて――』
背筋を伸ばしたシローが古武道の構えを築く。
左拳を胸の高さに、そして一拳分を空けて真下に右拳を並べて添える。上下縦に並んだ両拳は正中線に沿って警戒を強める構えだった。視線は真っ直ぐにサイクロプスの単眼を睨んでいる。気迫を外さない。
「良い顔つきに変わったな。少しは本気になってくれたかい？」
『こっちは最初っから本気だ』
言うなりシローが前に滑るように踏み込んだ。頭の高さが動かない前進移動は、まるで氷上を滑るかのように進み、ジョジョとの間合いを一気に詰めた。
「ふっ！」
眼前に迫ったシローにカウンターのフックを合わせるジョジョが剛腕を振るった。しかし、唸る剛腕を屈んで躱したシローが、モナカのように割れた腹筋へ中段正拳突きを打ち込む。
剛腕が頭上を過ぎると同時に鳩尾に突き刺さるシローの正拳突き。四つの拳が肉に減り込み隠れてしまうほどに埋もれていたが、それでもジョジョの巨体は揺らがなかった。
「ふっ！」
ジョジョのアッパーカット。
鉄拳が下から上に振り上がる。しかし紙一重の間合いでシローは躱した。その拳圧がシローのウェアを靡かせる。
回避と同時に振られたシローの中段廻し蹴りが、拳を振るってガラ空きになっていた脇腹にヒットした。
だが、ジョジョは無反応。まるで蹴られたことに気付いていないかのように振る舞う。サイクロプスの怖い顔が笑っていた。
続いてジョジョが上から振り下ろすように片腕で剛拳を振るった。ブーメランパンチである。
その拳をシローは一歩下がって回避する。そして、鉄拳が眼前を過ぎると同時に上段廻し蹴りを放ち、ジョジョの頭部を横から蹴り殴った。
しかし、蹴り飛ばしたはずの片足が振り切れず止まってしまう。引っ掛かったのだ。
『な、なんと……』
ジョジョの首が太すぎて振り切れなかったのだ。首の筋肉だけでシローの上段廻し蹴りが止められたのである。こんなことは初めてだった。
蹴り足を引いたシローが髑髏の表面を歪めながら呆れていた。
『なんちゅう筋肉だ……』
「ただの筋肉ではないぞ、超筋肉だッ！」
再びジョジョの横振りフック。シローは頭を下げて躱しながら拳でジョジョの顔面を突く。その拳は一本拳の握り。狙ったのは人中。それは寸分違わず人間の急所にヒットしていた。
『これで、どうだ！』
怪物サイクロプスでも人中は人間同様に存在しているはずだ。ならば、この一撃は効くはずと思ったが――次の瞬間にはジョジョの両手がシローの両肩を掴んでいた。しかも動けない。外せない。逃げられない。
「ふっ！！」
シローの体が真上に向かって浮き上がる。否、投げ飛ばされたのだ。
急上昇するシローの巨体。そして、複数のスポットライトを超えた高さでジョジョが並んだ。追ってジャンプしてきたのだろう。
その腕はクラッチを組み、頭上に高く振り上げられていた。
追撃である。
「ふんっ！！」
クラッチを組んだ両拳で打ち込まれるクラッチハンマーパンチ。
『躱せない！！』
空中では回避は不可能。必死に両手でガードを築くも、お構いなしにクラッチハンマーが髑髏の頭に打ち下ろされた。
衝撃がガードを貫き全身を駆け抜ける。その威力でシローの体は猛スピードで急降下し、リングに背中から叩き付けられた。凄い衝撃である。
メキメキメキ……。
『ガハッ！！』
リングに跳ね上がった衝撃でシローの全身に再び罅が走る。立ち上がれない。ダメージが深すぎるのだ。シローは大の字に倒れ、虫の息。勝負あったかのように見えた。
上空から降り立ったジョジョがゆっくりと歩み寄り、両膝に手をつきながら髑髏を単眼で覗き込む。その顔は笑っていた。
「呆気ないな、ミスター・シカウ。それでは合格点はあげられないぞ」
大の字で倒れたシローの口が僅かに動いた。小声で何かを囁いている。
『……ぁ……だ……』
「んん？」
ジョジョが頭を近付け、耳を傾ける。
「声が小さいぞ？」
途端、シローの片手が動いた。その手は人差し指だけを立てた一本指貫手。狙いはジョジョの大きな単眼。目潰しである。
一本指貫手は黒目部分にヒットした。
『ど、どうだ……』
しかし、ジョジョは無反応。瞳を指先で突かれても狼狽すらしない。平然としていた。そもそも指は刺さってもいない。ガラス玉でも触っているかのように止まっている。
指で瞳を突かれたまま、ジョジョが微笑みながら述べる。
「よく勘違いされるんだ。この大きな瞳が弱点ではないかとね」
ジョジョが喋りながら拳を振り上げた。
「だが、千年も昔に目突き対策は済んでいる。まあ、惜しかったな、ミスター・シカウ」
振り上げた剛腕で倒れているシローの顔面を狙い、振り下ろす。凄まじい音が響いた。
だがシローは首を反らして拳を躱す。空振った拳はリングに手首までめり込んでいた。
『もう一つ、試させてくれ！』
倒れていたシローがジョジョの豪腕を両手で掴む。さらに両足で絡みついた。
「ほほう、まだやれるのかい！」
『にぃぃいいいいい！！！！』
下から全身で絡みついたシローが腕挫十字固を掛ける。ジョジョの片腕が肘関節から軋んだ音を上げた。奇襲の関節技である。
「いいぞ、ミスター・シカウ。楽しいぞ！」
しかし、ジョジョは片腕だけでシローの体を持ち上げた。腕十字をものともしていない。そして、自分の一角よりも高くシローを掲げてしまう。
「楽しかったぞ、ミスター・シカウ！」
『うぅ……！！』
ジョジョはシローを頭からリングに叩き付けた。その速度は超高速。そして、シローの眼前に白いリングが迫った瞬間、意識は純白に染まった。頭蓋骨が粉砕して星々が煌めく。
気絶――。
どうやら不老不死の怪物でも気絶はするらしい。新発見である。
『――……』
こうして、権利者同士のスパーリングは終止符を打った。不老不死のはずであるシローの敗北である。
