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196【肉の壁】

 向かい合う巨人は筋肉の塊でサイクロプスの怪物。単眼で、頭は禿げている。その頭の天辺に一角が生えていた。そして、歯がギザギザでホオジロザメのようである。


 そのような怪物顔よりも印象的なのは、あまりにも大きな全身の筋肉であった。


 大胸筋、小胸筋、前鋸筋が分厚すぎて、自分の下半身が見えないぐらいの胸のボリューム。背中の筋肉である僧帽筋、脊柱起立筋、広背筋も厚すぎて山脈のように膨らんで見える。なのに腹筋は細いのだ。細いが引き締まったシックスパックはモナカのようだった。


 そのような合金のような体型を猫背に曲げている。猫背に姿勢を落としていないと下が見えないらしい。その姿勢のせいで、正面から見ると筋肉球体から極太の足が生えているように見えるのだ。まさに筋肉達磨である。


 その達磨から生えた腕も極太だった。肩の三角筋は真ん丸いボウリング玉よりも大きく、上腕二頭筋は大理石の彫刻のような盛り上がりである。


 シローには、これだけの筋肉量で関節がちゃんと稼働するのか疑問に思えた。たぶん、トイレのあとは自分で自分の尻を拭けないだろうと思っていた。


 サイクロプスのジョジョがメキメキと体を捻りながらサイドストレッチのポーズを築き、述べる。


「さあ、ミスター・シカウ。私とスパーリングを行おう。それで私が満足できたら試練は合格だ!」


 シローは髑髏に冷や汗を流しながら呟いた。


『これは、難儀なスパーリングになりそうだぜ……』


「安心しろ。このスパーリングで、私は魔法を使わない。フィジカルだけで対戦しよう。これはハンデだ。何せミスター・シカウは権利者になったばかりの新人だからね。私が魔法まで使えばスパーリングすら成立しない」


『それは有り難い……。なんとも格好いい筋肉宣言だぜ……』


「褒めるな、てれるだろ〜」


 恐る恐る構えを築くシローは中段に小さく構える。腰の高さで肘を曲げて拳を握る。左足を一歩分だけ前に出した。背筋を伸ばして真っ直ぐにジョジョを凝視する。


 そして、眼球を動かさないようにジョジョの全身を見回した。目付けを始める。


 上半身に対しての攻撃はほとんど無効だろう。あの筋肉は鎧だ。ならば狙うは下半身だろう。歩行能力を奪ってしまえば流石に勝てるのではないかと考えた。


 だが、その前に試してみたい――。


『押忍っ!!』


 シローは眼前でX字に両拳を切ると気合いを込めた掛け声を放つ。その途端、前に大きく一歩踏み出した。そこから右の中段正拳突きを繰り出す。


 唸る拳がジョジョの大胸筋の割れ目を狙う。


 シローは試してみたかったのだ。自分の真っ直ぐな技が、この筋肉の壁にどれだけ通じるのかを――。


 しかし、ジョジョは回避行動も防御行動も一切取らなかった。真っ向から正拳突きを胸で受け止める。


 タイミング、スピード、力の入れ具合共にすべて完璧な正拳突きだった。


 だが、打ち込んだ正拳突きがジョジョの筋肉を突いた瞬間に、大きな衝撃が胸元から拳先に返ってきた。その反射衝撃にシローの体が後方に押される。


『ぐぅ……』


 自分の正拳突きの威力に押し戻されたシローが後方にふらついた。数歩たじろぐ。


『ならば!!』


 続いては中段前蹴り。丸太のような蹴りがジョジョの六つに割れた腹筋に突き刺さるが、今度もまた蹴りの衝撃がシローに返ってきた。その威力に髑髏の体が後方に飛んだ。金網にぶつかって止まる。


 まさに、壁だった。筋肉の壁である。


『予想はしていたが、これ程とはね……』


「満足してくれたかね?」


『まだだ!!』


 今度は作戦通りに攻め込んだ。下半身を狙って下段回し蹴りを放つ。ローキックでジョジョの太腿を蹴りつけた。派手な音が鳴る。


 太腿にモロ着弾――。


 しかし、ジョジョは揺らがない。ふらつきもしない。びくともしないで立っていた。


「はっはぁ〜」


 軽く笑って見せるジョジョ。その笑みを無視して今度は脹ら脛を狙ってカーフキックを打ち込んだ。乾いた音が鳴る。


 だが、やはりジョジョは揺らがない。薄笑いを見せながらシローを見下ろしていた。


『クソっ!』


 今度は肘関節に向かってのサイドキックを打ち込む。下段の足刀が片膝の皿を突いたが、やはりびくともしなかった。


『これならば!』


 さらに低いサイドキックを繰り出すシロー。下段足刀の踵がジョジョの片足の小指を踏み付けていた。


「ミスター・シカウ。小賢しいぞ!」


 突然の平手打ちがシローの頬を打撲した。そのビンタでシローの体が横に飛んだ。しかも車輪のように回りながら金網に激突する。


 それでもシローはすぐに立ち上がった。しかし、痛みを感じないはずのスケルトンボディーからダメージを感じ取る。頬骨を触ってみれば罅が入っていた。首の稼働もなにやらおかしくなっている。


『す、すげぇ〜パワーだな……』


「まだまだ、こんなものではないぞ!」


 そう言いながらジョジョが丸い体を揺らしながら近付いてきた。シローを掴もうと真っ直ぐ手を伸ばしてくる。


『ふっ!』


 シローは伸ばした手から逃れる代わりにジャブを放った。ジョジョの顔面を叩く。しかし、その一発ではサイクロプスは止まらなかった。シローを捕まえようと手を伸ばし続ける。


『ふっ、ふっ、ふっふふっ!!』


 瞬間に五発のジャブ。全弾顔面に命中。なのにジョジョはシローの右手を掴んでしまう。


 しかも、その握力は万力。軽く握力数値が300は超えているだろうと思えた。ちなみに握力300とはゴリラの数値である。人間では有り得ない数値なのだ。


 そして、ジョジョは軽々とシローを振り回した。ハンマースルーで反対側の金網に向かって放り投げる。


『ぐあっ!!』


 背中から金網に激突したシローがロープに振られたプロレスラーのようにジョジョの元まで帰って行った。


 そこに胸を張ったジョジョが飛びぶつかっていく。それは、プロレス技のベイダーアタックである。胸からの体当たりだ。


『げふぅ!!』


 筋肉の壁に激突したシローは車に撥ね飛ばされたようにリングを転がった。全身の骨が軋んで起き上がれなくなる。体中の骨が折れていた。


『クソ……。ボーンリジェネレーション!』


 シローの体が黒く輝くと罅割れた骨が繋がっていく。すぐにダメージは回復した。立ち上がる。


『な、なんちゅうパワーだ……』


 満面の笑みでジョジョが述べた。


「私はね、パワーが一番の売りなんだよ!」


 そう言いながらサイドストレッチのポーズを築くジョジョだった。まさに力の書の権利者なのだろう。


 スパーリングは続く。



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