195【ミニチュア闘技場】
金網のリングがある地下闘技場。そのリング中央に置かれた丸テーブルの上には、この会場を模したミニチュアのジオラマがあった。
金網のリング。擂鉢状の観客席。無数のスポットライト。それらすべてが小さいながらも的確に作り込まれている。まさに「ミニチュア闘技場」であった。
「なんだ、これは?」
四郎に問われたジョジョは、悪餓鬼のような満面の笑みで答える。
「ミニチュアの異世界だよ。私の手作りだ」
「異世界?」
「ウロボロスの書物が作り上げる異世界の法則を研究して、術式を組み上げたのさ。疑似異世界ってわけだ」
「オリジナルの異世界なのか!?」
「そんな感じだね!」
ジョジョは再びサイドストレッチのポーズを取りながら微笑む。分厚い筋肉の上に勇ましい血管が浮かんでいた。
「まあ、それでも、この闘技場サイズまでしか異世界を広げられなかったんだがな……」
どうやらジョジョの限界が、この大きさらしい。本物の異世界ほどには、自由空間を広げられないのだろう。
「で、どうやって中に入るんだ?」
「入りたいかね、ミスター・シカウ!」
「入りたい。入ってみたい!」
二人ともソワソワしていた。まるで遊園地の新アトラクションに並ぶ子供のようである。
「ミニチュアの端、控室に繋がる入場口に魔法陣があるだろ」
四郎が目をやると、ミニチュアの入場口の床部分に小さな魔法陣が青く輝いていた。そこから魔力を感じる。
「これか?」
「そこに親指の拇印を押し付けるんだ。それでミニチュアへの入場が契約される」
「よしっ!」
四郎は早速魔法陣に親指を押し当てた。瞬間、光に包まれる。眩しさに目を細めて開けると、先ほどまでリングに立っていたはずなのに、いつの間にか闘技場の入場口に移動していた。眼前には金網のリングが窺える。
足元には青い魔法陣が描かれていた。背後は何もない壁。そして、金網のリングの向こうには巨大なジョジョの顔が覗き込んでいた。
『ミニチュアに、入れたのか……』
「そうだよ。凄いだろう!」
『凄いな……』
ミニチュア外から響くジョジョの声は重低音であり、空間全体を震わせるように響いてくる。まさに巨人の声色だった。
『んん?』
そのとき、四郎は自分の身体の違和感に気付いた。両掌を見てみれば、そこには骨しかない。
『これは……』
着ていたスポーツウェアの腹部をめくると、逞しいはずの腹筋は消え、鎖骨と背骨だけが覗いていた。顔を触れば、ゴツゴツとした骨の感触しかない。いつの間にかスケルトンの姿に変わっていたのだ。
「『肉が無い……。スケルトン状態なのか?』
四郎は呟きながら金網の入り口からリングに入った。
「そうさ。そのミニチュア内は、曲がりなりにも異世界空間を模して作られた空間だ。だから中では、我々も“真実の姿”に変わるんだ!」
すると、ミニチュアを覗き込んでいたジョジョの頭部が引っ込む。
「今から私もそちらに入るよ」
やがて、四郎が入って来た入場口とは反対側の魔法陣が輝いた。そこに浮かび上がったのは、常識を超えた巨大なシルエットだった。
『な、なんじゃい、あれは……』
魔法陣から現れたジョジョの姿は――丸。大きな丸であった。いや、巨大な筋肉の塊が、丸い球体のように膨れ上がっていたのだ。先ほどのマッチョマンの姿ではない。
「『思った以上の化け物だな……」』
それは、筋肉が極限まで膨張し、上半身がまるで大玉のように見える怪物であった。丸い肉塊に手足が生えているかのような姿だ。
姿勢は猫背。胸の筋肉が厚すぎて、屈まなければ足元が見えない。そのため、胸から直接足が生えているように見える。
「はっはぁ〜!」
笑いながら進むジョジョの巨体は、入場口の壁に擦れそうなほど横幅も膨れ上がっていた。
さらに肉体だけでなく、頭部までもが変貌していた。
アイパッチに髭面、角刈りだった顔は――魔物の顔に。それはサイクロプスである。
独眼が単眼に変わり、頭頂部は禿げ、脳天からは鋭い一角が突き出ている。口は裂け、ギザギザの歯が刃物のように光っていた。
『これが、ジョジョの正体か……。禍々しいな……』
リング前に立ったジョジョ。しかし金網の入り口は小さすぎる。普通の人間サイズならともかく、この巨体では通れないだろう。
だが、ジョジョはその狭い入り口に突進する。巨体を押し込むように。
『それは、無理だろ……?』
「そんなことは、ないよ」
ジョジョの身体はタコのように柔らかく変形し、狭い入り口を通過していった。ヌルヌルとした不気味な音を立てながら。
『おいおい、どうなってるんだ……」』
「はっはぁ〜!!」
どうやらジョジョの身体は、頭が通過できる隙間さえあれば入り込めるらしい。まさに軟体生物のようだった。
「さあ、始めようか、第三戦目を!」
『お、おう……』
骸骨戦士と筋肉達磨のサイクロプスが向かい合った。
身長二メートルのジョジョは、猫背で少し屈んでいるため、ちょうどシローと目線が合う。単眼の巨大な瞳が鋭く睨みつけてきた。
だが体格差は歴然。肩幅も腕も足も、骨と極太の筋肉では比べようもない。体重差も数倍はあるだろう。
『これが、力の書の怪物か……』
シローは慄きつつも、武者震いを覚えていた。顔が少し笑っている。




