194【試練の話】
金網に囲まれたリング中央で向かい合うのは、遠く遥々日本から来た格闘技家・鹿羽四郎。
向かい合うは、ラスベガスのマフィアであり力の書の権利者であるジョン・ジョーンズ。訳してジョジョ。
この対決は権利者同士の戦いだ。
しかし、戦いにはならないだろう。実力差が明らかである。何百年生きているかも分からない怪物と、怪物になって二ヶ月も経っていない若輩者との戦いだ。その差は子供と大人である。
ジョジョがサイドストレッチのポーズを築きながら述べる。
「久々だよ。権利者同士で戦うなんてね。百年か二百年ぶりかな〜」
「俺は一ヶ月ほど前に鬼頭二角に軽くもんでもらった。いや、マジでアレは強かったぜ」
「鬼頭二角、下段の十五枠のジャパニーズかい」
「なあ、聞いても良いか?」
「何をだね?」
「さっき、あんたも上段の何枠とか言ってたよな。それってなんだ?」
「上段と下段のことかい?」
「そうだ……」
「ミス・カガミノから、何も説明を受けていないのかね?」
「それに関しては、聞いていない……」
するとジョジョは観客席の鏡野響子に目をやってから問い掛ける。
「ミス・カガミノ。彼に話してもいいのかな?」
「構わないわ」っと響子は答えた。その返答を聞いたジョジョは四郎のほうを向き直して説明を始める。
「ミスター・シカバ……。違った、ミスター・シカウ、君はウロボロスの権利者が何人居るかを知っているか?」
「全世界に二十二人居るって聞かされているが」
「そう、その二十二人は、番号が振られている。上段の一枠から十枠。それと下段の十一枠から二十枠まで。あとの二人は番外の二枠とされている」
「それで?」
「これらはウロボロスの書物が本棚に収められた時の姿だと言われているんだ。まあ、何せウロボロスの書物も本だからね」
「本が本棚に収められるのは道理だな」
「しかし、上段下段を分けているのは、それ以上の意味がある」
「意味?」
「上段に収められている書物の権利者は、千年以上生きている者たちなんだ。逆に下段の者は、千歳未満ってわけである」
四郎は先月の話を思い出していた。初めて鏡野響子と鬼頭二角が家を訪ねて来たときの話だ。鏡野響子は二百歳は越えていると言っていた。鬼頭二角は六十歳を越えていると言った。それが意味するところは、二人は下段であるのだろう。
ジョジョは、マッチョポーズを見せびらかしながら言う。
「これでもおいちゃんは、ゴールド商会でも古参なんだぜぇ〜。千年以上は生きた上段だよ〜」
四郎は首を左右に振りながら首関節をコキコキと鳴らしながら返す。
「なるほど、じゃあ大先輩ってわけなんだ〜。すご〜い」
ジョジョの独眼が鋭く光る。
「そして、私が第四の試練を担当する。この戦いが、勝敗を問わず第四の試練なのだ。はっはぁ〜!!」
四郎はキョトンとした。
「試練? なんだそりゃあ?」
「ゴールド商会への入社テストの試練だよ」
「何それ?」
「あれ、聞いてないの?」
「聞いてないよ?」
リング内に居る二人が観客席の鏡野響子を見た。三人の目が合う。
「あれれ〜。四郎君、鬼頭君から聞いてないの?」
「聞いてない、初耳だ……」
ボディービルディングのポーズを解いたジョジョが脱力した姿勢で言う。
「私がマスター・コントクジから受けた連絡では、試練を与えた一人目が鬼頭二角で、二人目が岩見石蔵。三人目がレオナルドだとか。それで、良い機会だから四人目を私に任せると連絡が入ったのだが」
「なんか俺、あいつらに試練なんか与えられたかな?」
鬼頭二角とは組手を行ったが、他の二人には何も試練らしい試練なんて与えられた記憶が無い。それどころか岩見石蔵たる人物は、会ったことも見たこともない。
頭が痛いのか眉間を押さえながら鏡野響子が俯きながら言う。
「たぶん、あのチンピラが説明を忘れたのよ。彼、いい加減な人格だからね……」
「「なるほど」」
四郎とジョジョは声を揃えて納得した。
そして、一早く気を取り直した四郎が述べる。
「まあ、じゃあ、話はだいたい分かった。でも、もっと試練について詳しく聞かせてくれ」
すると鏡野響子が応えた。
「じゃあ、私が説明してあげるわ」
「サンキュー」
「入社試験の試練ってね、私たち先輩の権利者が、新人の権利者を認めるか否かを審査するテストなの。私たち二十一人が、それぞれで試練を出して、それを納得が行く形でクリアーしたのならば合格。だからべつに、完璧に試練をクリアーしなくってもいいのよ」
「それを、いつの間にか俺は、三人分クリアーしていたのか?」
「そうなるわね。たぶん、試練を出した本人たちも、こっそりとテストしたのでしょう」
「それで、もしもテストに不合格だったら?」
「十五人以上に合格をもらえれば、試練は成功よ。もしも失敗したのならば、ウロボロスの権利を剥奪されるわ」
「剥奪されたら?」
「死ぬわね」
「こわっ!!」
「今まで数人、試練を通過出来なかった者たちが居たけど、全員が灰になってたわ」
「マジ怖い。そういうことは、早く知らせてくれよ!」
「文句を言うなら、連絡をミスした鬼頭君に言いなさい」
流石の四郎も鬼頭二角に怒りが沸いた。
だが、今は新たな試練を通過するほうが先決である。眼前のマッチョマンに集中しなくてはならないだろう。
「まあ、試練に関しては内容を理解した。とにかく今は、ジョジョとどのように戦うかだな」
「そこでだ。私から提案がある」
「んん?」
ジョジョが片手でスナップをパチンと鳴らした。すると、スタッフが丸テーブルをリング内に持ち込んだ。それをリング中央に置く。
「なんだ、腕相撲で勝敗を付けるってのかい?」
「ノーノー、違う違う」
そして、今度はスタッフが箱状の物をリング内に持ち込み、丸テーブルの上に置いた。
「なんだ、これ?」
「ミニチュアのジオラマだよ」
それは、小さな闘技場だった。擂鉢状の観客席の中央に金網のリングが見られる。
そう、それは、このリングのミニチュアだった。




