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191【世界一重いジャブ】

 アフリカ系アメリカ人。ボブ・アイアンは25歳の独身男性である。


 彼はネバダ州ラスベガスのスラムで生まれてスラムで育った。小さな頃の夢は、プロボクサーのチャンピオンになることだった。


 スラムで育った彼が、上流階級で裕福に暮らすにはボクシングで成功するしかないと考えていた。学もない貧乏な家系だったから、体力を活かして成功するしかないと考えていたのだ。


 だから、小さな頃から町のボクシングジムに通って、コツコツとボクシングキャリアを積んでいた。


 トレーナーには筋が良いと言われて、将来はプロになれるだろうと期待もされた。だから指導料は、プロになったら利子を加えて返すと約束していた。


 しかし、ボブが15歳の夏に、交通事故に遭ってしまう。酒を飲み、薬物を決めた男が運転する自動車に轢かれたのだ。


 それは、大きな事故だった。ボブは右手首から先を失い、一緒に歩いていた友人は内臓破裂で死亡してしまった。しかも、事故を起こした男も頭を打って死んでしまったのだ。そのせいで慰謝料も払われなかった。


 ボブは、ただ右手と友人を失っただけだった。


 だが、それが原因でプロボクサーの夢は絶たれてしまう。右手の無いボクサーが試合を組んでもらえるわけがなかったからだ。


 そして、ボブに残された物は借金だけになった。


 そこからのボブが進んだ先はギャングの道だった。片手が無くてもやれる仕事は、そのぐらいしか無かったからだ。そうでもしないと借金が返せなかったからである。


 しかし、ギャングとて片手が無ければ不利である。だからボブは狂気に走った。凶器を身に着けるようになったのだ。


 それが、チタン製の鉄拳である。その鉄拳がボブのギャング人生を大きく変えた。


 最初は貧乏だったから、義手は木製から始まった。少し稼ぎが上げられるようになってきたときにプラスチック製の義手に変えたが、すぐにやめた。プラスチックで他者を殴ると壊れるからである。そこから丈夫な義手を装着するようになった。


 そして、気付けばチタン製の拳に辿り着いていたのだ。その頃には鉄拳のボブと呼ばれて恐れられるようになっていた。


 そのような頃に、ジョジョにスカウトされた。ボブは、多額の報酬に目が眩み二つ返事でジョジョの部下になる。


 ボブが任された仕事は、仕置人だった。借金の回収、裏切り者に体罰、カジノでイカサマを働いた者を痛ぶる仕事である。


 その仕事の中で、面白かったのが、地下闘技場でのハンディキャップデスマッチだった。


 鉄拳を装着したボブと、何かしらのヘマを働いた輩との試合である。


 対戦相手は、ただの素人だったり、時にはプロ崩れの野郎だったりと様々だったが、その試合内容は一方的な処刑だった。強者のボブが弱者を狩るショーでしかなかった。見せしめなのだ。


 そのような人生を歩んできたボブが、金網に囲まれた四角いジャングル内で、四郎の前に立っている。


 四郎は明らかに強い。何せ相棒だったアダム・ジョイを難なく伸しているからだ。鉄拳を装着しているボブですらアイアンパンチがヒットしなければ勝てない相方を容易く伸す実力は侮れない。


 しかし、それだけの実力者を前にボブは胸が高鳴っていた。感激しているのだ。


 ボブがリングに上がる際の相手は、罰を与えられることが確定している相手である。それは、勝負ではない。刑罰だ。


 だからボブは、試合らしい試合を行ったことがなかったのだ。


 それなのに、今回は試合らしい試合が出来そうなのだ。その幸運に感謝していた。


 ボブは、右肩を前にサイドワインダーに構える。サウスポーの構え、左利きの構えである。


 右腕でジャブなどの牽制を駆使して、左手の強打で仕留める形である。


 要するにボブは、鉄拳の右拳でジャブを打ってくるのだ。


 サイドワインダーの構えでステップを刻むボブが白い歯を見せながら言う。


「ミスター、一つ質問をしてもいいかな〜?」


「一つだぞ。二つ目は答えないからな」


「okok〜」


「でぇ、なんだ?」


「もしもミスターが貰えるならば、どちらを選ぶ?」


「はあ?」


「世界一速いストレートパンチと、世界一重いジャブ、どっちを選ぶ?」


「なんだ、その質問は?」


「ミスター、俺はね、世界一重いジャブを手に入れたんだぜ〜」


「それが、その鉄の拳なのか?」


 ボブはシャドーボクシングで左ストレートを素早く放つと述べる。


「世界一速いストレートは、躱すのが困難。そして、ストレートゆえに威力は満点だ。当たれば一撃必殺だろうさ〜」


 今度は右の鉄拳でジャブを振るいながら述べる。


「世界一重いジャブは、ジャブゆえに躱すのが困難な上に重くて恐ろしい。それも一撃必殺だ」


「ならば、どっちも同じだろう」


「ミーは、そのうちの一つ、世界一重いジャブを手に入れたのだ〜。はっはぁ〜!」


 四郎は、溜め息を吐いた後に言う。


「鉄製のジャブ……。それは確かに怖いな。だが、話が長すぎるぞ、テメェ。とっとと掛かって来いよ」


「なら、参る〜!!」


 ステップダッシュからのフリッカージャブ。それはチタン製の右拳から繰り出された。重くて素早い一撃。


 しかし、四郎は、容易くそのチタン製拳を左手で受け止めた。掴んで放さない。


「ええっ!!」


「遅いんだよ、お前の拳はよ。完全に宝の持ち腐れだな。いや、チタンの持ち腐れだな」


 直後、ボブの腹に四郎のボディーブローが打ち込まれた。その痛みは、重みも威力も超一流だった。しかも、腹部に裂くような激痛が走る。


 ボブは、両膝から崩れて倒れ込んだ。


「ぐがぁがぁぁ……。なんだ、この痛みは……。まるで刺されたようだ……」


 ボブが自分の腹部を見てみれば、腹筋部分が一文字に裂けて出血していた。本当に刺された様子だった。


 四郎が自分の拳を見せながら言う。


「メリケンサックだ。アメリカだと、非合法な武器だっけ?」


「テ、テメェ……。いつの間に、卑怯だぞ……」


「何を言ってる、馬鹿チンが。自分は武装しているのに、相手が武装したら卑怯者扱いとかって、どうなんだ?」


 まごう事なく正論だった。




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