187【心躍る】
綺羅びやかで騒がしいカジノのロビーを過ぎると全面ガラス張りのエレベーターに乗り込んだ。
俺と鏡野響子の二人は、白人と黒人の二人組みに案内されてホテルの最上階を目指している。高速で昇るエレベーターから見える野外の景色は様々なネオンで美しかった。流石はラスベガスの夜である。夜景だけで百万ドルだった。
エレベーターが最上階のフロアーで止まると、赤い絨毯が引かれた白い大理石の廊下を進む。そして、両開きの扉の前で静止すると、案内の白人が扉をノックした。すると、室内から野太い声が返って来る。
「入れ――」
言葉は英語。中年の声色だった。そして、マッチョな白人が扉を開けると俺たちだけで中へ入れと促す。俺と鏡野響子は指示されるままに室内に進む。
「やあ、待っていたよ。ミスター・シカバ」
室内は食道のようだった。長テーブルには白いテーブルクロスが掛けられており、テーブル中央の花瓶には薔薇の束が飾られている。高い天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。
その先で、マフィアのボスだろう男性が、一人で食事を取っていた。白人である。
マフィアのボスっぽい男性は五十代の中年。金髪の角刈りで、短く切り揃えられた髭を蓄えている。顔は皺が濃い。何よりも目立ったのは黒いアイパッチ。独眼だった。
そして、テーブルに置かれた分厚いステーキを食べている。ステーキは位置枚で1キロは在りそうな厚さだった。
しかも、テーブルの隅には九枚の皿が積み重ねられている。おそらく、この男が食べているステーキは十枚目なのだろう。かなりの大食いのようだった。
「すまんすまん、まだ食事中でね。いま直ぐに済ませるよ――」
言うなり男は皿の上の分厚いステーキをフォークで串刺しにして持ち上げる。それを一口で口内に押し込んだ。たったの一口で1キロ在りそうな分厚いステーキを頬張ったのだ。そして、モグモグと数度噛み砕くと一飲みで胃に落とす。
男は口をナプキンで拭きながら立ち上がった。立ち上がった男はビジネススーツを着ていたが、身長が高かった。俺よりも大きい。おそらく2メートルは軽々と越えている。体格も太かった。まるでプロレスラーのようである。
「よくアメリカまで来てくれたね、ミスター・シカバ」
俺は角刈りの男を睨み付けながら返した。
「あんた、俺を知っているのか?」
「知ってるとも、私はキミの大ファンだった。現役を引退したときには残念に思ったよ」
どうやらこの男は、俺の格闘技家時代のファンのようだった。
「まさか、俺のサインが欲しいからって、クロエを捕まえたって訳じゃあないよな?」
「そんな馬鹿なことはしないよ。だが、彼女がうちのカジノでイカサマを働いたから捕まえたのだ。それに関しては、我々に正義がある」
「何をやってるんだ、あの馬鹿女は……」
頭が痛くなってくる。すると、俺の隣に立っていた鏡野響子が口を開いた。
「それにしても、まさかこんなに早く貴方が出てくるとは思わなかったわ。ジョジョ」
ジョジョ……?
「私も、まさかミス・カガミノが同伴して来るとは思いもしなかった。そんなにミスター・シカバが可愛いのかい?」
この二人は、知り合いなのか?
「いいえ。彼が可愛いのではなく、彼の祖父だった一朗氏に恩があってね」
「なるほど。だが、彼の死には私も驚いたよ」
「ジョジョったら、心にもないことを……」
表情を変えずにクールに会話を繰り広げる二人は顔見知りのようだった。二人が俺の祖父を知っていることから、この白人もゴールド商会の関係者だろう。
「あんたもゴールド商会の人間か?」
襟元を整え直した男が凛々しく答える。
「私はラスベガスのマフィア幹部の一人だが、それ以前にゴールド商会の幹部――ジョン・ジョーンズだ。親しい友人たちには、ジョジョと呼ばれている」
「ジョジョ……」
その名前って、著作権状、大丈夫なのか……?
俺の心配を余所にジョジョは、サイドストレッチのポーズを取りながら力強く述べた。
「私は、上段の八枠、力の書の権利者である!」
俺は素直に驚いた。
「力の書だって……。こいつもウロボロスの権利者なのか!?」
ジョジョは四角い顎を微笑ませながら誇って見せる。その筋肉が、一回り大きく膨らんだように窺えた。
俺は拳に力を込めながら警戒を強める。
「それで、何故にウロボロスの権利者が、俺をアメリカまで誘き出したんだ?」
ジョジョは表情を緩めながら述べた。
「いやね、ミスター・コンゴウジに頼まれてね」
「社長に……? なにを?」
「四番目の試練を与えてくれってね」
「試練……。四番目……?」
「まあ、場所を変えようではないか」
俺たちは再びエレベーターに乗って、今度は地価を目指した。地下駐車場を過ぎて、さらなる深い階に降り立つ。
そこは、地下闘技場だった。客は居ない。
薄暗いホールの中央には、金網に囲まれたステージが築かれていた。その空間から懐かしい空気を感じ取る。
先頭を進むジョジョの声が響く。
「本日は、キミに現役復帰を願いたい。もしも我々が用意した挑戦者に勝てたら、ミス・クロエをおかえししましょう!」
「ここで、戦えるのか――」
少し、心が踊った。懐かしさが歓喜を押し上げる。




