186【ラスベガス】
現実世界は夕暮れ。夜に成りかけていた時間帯に四郎が我が家に帰ると、誰も居ない台所でメールを着信した。
メールの送り主は、アメリカにお使いに出ていたクロエ・エルフィールである。彼女は俺に代わって弾丸を買いにアメリカへ買い物に行っていたのだ。
そのクロエから、メールが届いたのだが、そのタイトルが【Help me】だった。俺は何事かとメールを開ける。そこには、助けを求める文章が書かれていた。
【済みません、四郎さん……。現在ラスベガスに居るのですが、買い物用に頂いたお金をカジノですってしまいました。そのすったお金を取り返そうと頑張ったのですが、努力叶わず、現在地元マフィアに捕まっています。お願いです、今直ぐお金を持ってラスベガスまで、助けに来てください。私はプリントンホテルで拘束されています。クロエより】
メールの最後には、鉄骨のような柱に鎖でグルグル巻にされているクロエの写メがあった。その横でマッチョな巨漢の白人と、サングラスを掛けた厳つい黒人がダブルピースをしながら一緒に写っていた。
「あいつ、何をやらかしてんだ……」
流石の俺でもクロエの暴挙に呆れていた。ただの買い物を頼んだだけなのに、何故に地元マフィアに捕まっているのかが意味不明である。
「どうするべ……」
俺は台所の椅子に腰を落とすと腕を組んで考え込んだ。捕まっているクロエは身代金を持って来いと言っていたが、何故に俺がクロエのためにお金を用意しなければならないかが分からない。このまま見捨てようかとも考えた。
だが、目覚めが悪い。曲がりなりにも俺がお使いを頼んだばかりにクロエは馬鹿をやらかしたのだ。骨ぐらいは拾ってやらねば報われないと考える。
「しゃあねぇなぁ……」
そう言い椅子から立ち上がった刹那である。スマホが電話を着信して鳴り響いた。俺は咄嗟に着信に出る。相手は鏡野響子だった。
「もしもし、響子さん。何かありましたか?」
電話の向こうから透き通った大人の女性の声が返ってくる。
「何かありましたかじゃあないわよ。久々に様子を見に行ったら真剣な顔で座り込んじゃって。そっちこそ何かあったの?」
俺が台所の壁に掛けられた鏡を覗き込むと、顔の無い銀色のマネキン人形のような怪物が、こちらを覗き込みながらスマホを構えていた。それは、鏡野響子が異世界に行って変身した姿である。
鏡野響子は、鏡を操る術式が得意な術師らしい。鏡を使って離れた場所を覗き込めるらしいのだ。しかし、声は聞けないから電話を掛けてきたのである。
俺は、クロエから送られてきたメールを鏡の前に翳して見せる。それを読んで鏡野響子も溜め息を吐いた。
「あの子は、相変わらずね……」
「あれ、響子さんもクロエをご存知なのですか?」
「貴方のお祖父さんの下にクロエが付く前は、私のところで付き人を勤めていたのよ。だから、よく知ってるわ……」
「あ〜、そうなんだ……」
たぶん、この人もクロエには振り回されたのだろう。その苦労が想像できた。
「でぇ、助けて上げるの?」
「まあ、助けにいかんとならんでしょうね……」
「貴方、案外と面倒見が良いのね」
「こう見えても、善人なもんでね」
鏡の中で溜め息を吐いた鏡野響子が訊いて来る。
「それで、貴方、アメリカまで行くのよ。パスポートは持ってるの?」
「新しく申請したから持ってるぜ」
「じゃあ、私が自家用機を出してあげるから一緒に行きましょう」
「マジ!?」
「ええ……。クロエは友達だからね。助けてあげないと、可哀想だもの……」
どうやら鏡野響子も、案外と良い人なのかもしれない。
それにしても、流石はゴールド商会の幹部である。自家用機まで持っているのか……。凄い成り金だな。
こうして俺は、鏡野響子に甘えて、アメリカのラスベガス州に飛んだのである。久々の海外旅行である。
鏡野響子の自家用機は、豪華絢爛だった。飛行機の中にシアタールームやバーなどがあるのだ。タキシードを着込んだ召使まで控えている。
まさに成り金旅行のファーストクラスであった。ラスベガスまでの旅路を快適を超えた快適で極楽を堪能する。
そして、件のラスベガスが見えてきた。飛行機の窓から見下ろす綺羅びやかな風景は、夢の町の姿だった。ネオンが眩しすぎる。
俺がラスベガスに降り立つのは、人生で三度目であった。一回目と二回目は、格闘技の試合で訪米したのだ。もう、十年以上前の話である。
俺は飛行機のタラップを降りてハリー・リード国際空港に降り立つ。砂漠の町は空気が乾燥して、若干暑かった。だが、日本と違って湿気が多い不快な暑さではない。それが救いである。
「じゃあ、プリントンホテルに向かいましょう」
「ああ――」
俺の後に飛行機から降り立った鏡野響子が、俺を向いて空港ロビーを目指す。入国検査もフリーパスで通過できた。これも、ゴールド商会の力なのかと感心する。
さらに空港の前には、車体がメッチャ長いピンク色のパーリーなリムジンが待っていた。それに乗って俺たちは、目的地であるプリントンホテルに到着する。
リムジンから降りる前に、レディーススーツ姿だった鏡野響子が妖術で着ている衣装を赤いドレスに変えた。細い体に密着したドレスから鏡野響子の艷やかな肩と胸の谷間が露わになる。足元も太腿が露わだった。なんとも大人の魅力がプンプンである。
「この街では、ドレスアップは大切よ」
俺はジャージ姿の自分を眺めたが、これで構わないと思った。遊びに来たのではないのだから、十分だろう。
タワマンのような高層ホテル。下の階がカジノで上の階が高級ホテルである。入り口からネオンが綺羅びやかで眩しいぐらいの豪華な施設だった。街も賑やかで騒がしい。
俺たちがリムジンから降りるとタキシード姿のドアマンが駆け寄ってくる。そして、レディーを気取る鏡野響子に手を添えながら下車させると、続いて俺がリムジンから降りる。
そして、俺のラフな格好を見てドアマンは、怪訝な表情で俺を見下していた。間違いなく心の中でジャップと蔑んでいるだろう。
俺は凄みながら言う。
「なあ、ここに俺の連れが捕まってるんだが、ボスのところまで案内してくれないか?」
言いながらドアマンにクロエが縛られている写メを見せる。するとドアマンは、襟元に付けていたインカムで何処かに連絡していた。
そして、しばらくすると、カジノの入り口から写メに写っていたマッチョな白人と、サングラスの黒人が出て来る。そして、ドアマンを退けると俺に言った。
「ミスター・シカバですね?」
「ああ、そうだ――」
「ボスが、奥でお待ちです」
こうして俺たちは、マフィアのアジトに招かれた。悪の巣に入って行く。




