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19【商人との契約】

 テーブルを挟んで向かい合う俺と、アサガンド商店の店主ピノー。俺が座るソファの背後には、チルチルが澄まし顔で控えていた。ピノーの後ろにも従業員が一人、控えている。


「アイテムボックスは聞いたことがありますし、見たこともありますが、ゲートマジックとは初めて聞く魔法ですな……」


 ピノーさんは、俺がお土産で持ってきた煎餅を齧りながら驚いていた。どうやら煎餅が気に入ったらしい。「これ、旨い!」っとか言っていた。


 話はゲートマジックに戻る。


『私の国で最近開発された新しい魔法でして……』


 嘘である。


「これが新魔法ですか。――ところで、シロー殿の生まれ故郷はどこなのですか?」


『あ〜……』


 ここで馬鹿正直に「日本」とか言っていいのだろうか。鏡野響子に知られたら怒られそうだ。何せ、ウロボロスの書物については秘密にするよう釘を刺されている。


『遠い異国で、島国です……』


「国名は?」


『た、太陽の国です……』


「太陽の国? 聞いたこともない国ですな」


 まあ、そうだろう。適当に名付けたのだから。


『小さい国で、今まで鎖国していたので、ほとんど知られていません……』


「そうなのですか――」


 なんか怪しまれている。ピノーは、冷めた視線で俺の黒狐面を凝視していた。


 やっぱり俺は嘘が下手だ。こういうのは向いていない。


「ならば、そのゲートマジックとやらの魔法を売り出してみてはいかがでしょう。きっと高く売れますぞ」


『それはできません。この魔法を他人に授けたら、私が国に殺されます!』


 間違いなく、鏡野響子と鬼頭二角に殺されるだろう。


「そうですか、国家秘密ってやつですね。それは残念だ。しかし……」


『しかし?』


「そのゲートマジックたる魔法。他の者の前では、その存在すら明かさないほうが得策ですぞ」


『そうなのですか?』


「間違いなく、命をかけた争いが勃発します」


『な、なるほど……』


 戦争も起きがけないってことだろう。


「まあ、私は魔法の才能が欠片もないので関係ありませんがね。間違っても私が魔法を習得できる可能性はございませんから。何せアイテムボックスすら持っておりませんのでね」


『はあ……』


「しかし、利用は可能です。自分が使えない魔法でも、他者に使ってもらえれば問題ありませんからね。ならば、私は私で商売の才能を活かすのみです」


『何が言いたいのですか、ピノー殿……?』


 ピノーの笑顔は腹黒い。極悪な商人の笑みを浮かべていた。


「ぜひ私を、シロー様の故郷に連れて行ってもらえませんでしょうか。そこで、仕入れを自ら行いたいのです」


『それは無理です』


「無理とな?」


『この扉は、私以外は通れません。通れるのは術者本人と無生物だけです』


 これは嘘ではない。本当だ。


「なるほど、そのような欠点があるのですね……」


 ピノーはがっかりしたのか俯いてしまう。そして、少し考えた後に頭を上げた。


「ならば、シロー殿。マサガンド商店と専属契約を結びませんか?」


『専属契約?』


「シロー殿が祖国から運んできた品物を、我が商店が独占して売りたいのです」


『そのような契約をして、私になんの得があるのですか?』


「失礼ながら、見たところシロー殿は商売の素人ですよね」


 バレていたようだ。さすがは目利きの商人、侮れん。


「ですので、シロー殿は仕入れてくるだけで、売りさばくのは我が商店に任せてもらいたい」


『たしかに、それはありがたい提案だな……。だが、断ったら?』


「断ったら取引は終わりですな。さらには貴族たちにゲートマジックの秘密を売りつけます。私は商人なので、稼ぎを優先いたしますからな」


『情報を売りつけると?』


 俺は落胆したかのように溜息をついた。


「シロー殿は分かっていない」


『何を?』


 ピノーは強気で言い放つ。


「もしも貴族たちがゲートマジックの秘密を知ったら、貴方を誘拐して、拷問してでも魔法の秘密を吐き出させようとするでしょう」


『な、なるほど……』


 それは怖い。さすがの俺でも、人海作戦にはいつか飲み込まれてしまう。敵わないだろう。拷問も受けたくない。


「ですが、それでは私の利益が少なすぎる。一度きりの情報を扱うよりも、異国の品物を独占して売るほうが、長く太く稼げるでしょうからね。だから私は、持ちつ持たれつの関係を提案しているのですよ」


 このピノーという商人は、思ったよりも悪党だ。否、商人という職業が、こういった人種なのかもしれない。だが、理には適っている。


『まっ、いいか〜』


「えっ!?」


 意外な即答に、ピノーが驚いている。


 俺は脳筋らしく簡単に考えることにした。どうせ知恵比べでは勝てないのだ。だから脳筋は脳筋らしく、人にうまく使われることを選択したほうが話がうまく進むものである。


 格闘家は試合をこなすのが商売。大工は家を作るのが商売。商人は品物を売るのが商売だ。プロがプロの仕事に励むのが一番である。


『分かりました。その契約を引き受けましょう。今後、私の品物はアサガンド商店に卸すことにします』


「誠ですか!!」


『ただし、私からもいくつか条件があります』


「何ですか?」


『私が卸せる品物には限りがあります』


「限りとは?」


『武器の類は売れません。我が国では武器の管理が厳しいので』


「了解した」


『それと、ゲートマジックが運べるのは、扉サイズまでです。それを承知してください』


「それも承知した」


『それと、アサガンド商店との独占契約は、このサン・モンの町だけでの話にしてもらいたい。サン・モンでは、アサガンド商店にしか降ろしませんが、別の町では私の自由にさせてもらいます』


「分かりました。それで十分でしょう」


 ピノーは俺の条件を飲んだ。サン・モンだけでも取引を独占できれば十分なのだろう。


『最後に――』


「最後に……?」


 これが最も重要だ。必ず告げなければならない重要な案件である。


 俺は声色を深く落とし、地獄の底から唸る亡者のように言った。


『もしも俺を裏切ったら、ただでは済まさねえぞ!』


 それは格闘技家特有の威嚇。俺の殺気がピノーを飲み込む。


「う、ぅぅ……」


 ピノーは冷や汗を流しながら喉を鳴らしていた。


 ちなみに、その後に束子とビー玉とピロピロ笛をピノーに見せたが評判は良くなかった。


 それよりもお土産に持っていった煎餅のほうが気に入ってもらえたようだ。今度たくさん買い入れてもらえることになる。



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