183【新しい仲間は亡霊】
スケルトンの破片が複数散らばる店の前。七つの月が輝く真夜中に、悲しく泣き啜る乙女の声だけが聞こえていた。
『しくしくしく……』
幼女のように啜り泣く怨霊乙女のマリア・カラスは、半透明の鎖に縛られ拘束されていた。動きと魔力を妨げる魔法の鎖である。
そのようなマリア・カラスをスケルトンとの戦闘に参加していた者たちが厳しい顔で囲んでいる。シローたち、ヴァンピール男爵と戦闘メイドたち、暁の冒険団と大人数で彼女を取り囲んでいた。一部のメイドたちだけが破壊されたリビングアーマーたちの処理に励んでいる。
俺はしゃがみ込んでいるマリア・カラスを指差しながらヴァンピール男爵に問うた。
『こいつが、あんたの師匠なのか?』
ヴァンピール男爵も泣きじゃくるマリア・カラスを見下ろしながら述べる。
「彼女が生前の話です……」
『それが、なんで、魍魎化して、俺の店を襲ってきたんだ。俺に何か怨みでもあるのかよ?』
「その理由は、流石に私にも分からん。本人に理由を訊くしかなかろう」
俺は泣き啜るマリア・カラスの前にしゃがみ込むと、うんこ座りで目線を揃えて追及を始めた。しかし、マリア・カラスは泣くばかりで真っ当に答えてくれない。話が噛み合わないのだ。
『しくしくしく……』
『ええい! 泣いてばかりいないで質問に答えやがれ!!』
「まあまあ、シローの旦那。そんなにカッカすんなよ……」
エペロングが荒ぶる俺を宥めていたが、俺の怒りは収まらない。何より泣いてばかりいるマリア・カラスがウザったかった。この手のネガティブ思想の娘は好かんのだ。どつきたくなる。
すると、店の中からニャーゴを胸元に抱えたチルチルが現れた。チルチルは元気そうだが、ニャーゴのほうは相当疲れているのか脱力感満点である。
おそらく、プロテクションドームを限界まで貼ったから疲労しているのだろう。
そして、マリア・カラスを中心に輪を作っていた俺たちにチルチルとニャーゴが加わった。
チルチルがマリア・カラスを見ながら呟くように言った。
「この人が、今回の事件の元凶ですか……」
すると、チルチルの胸に抱えられながらダラ〜ンっとしていたニャーゴが言った。
『ニャニャ、こいつ幽霊ちゃんじゃあニャいか?』
『幽霊ちゃん?』
その猫の声に俯いていたマリア・カラスが俊敏に頭を上げた。
『ニャーゴちゃん!?』
先程まで泣きじゃくっていたマリア・カラスが満面の笑みに変わる。泣き虫が笑顔に花咲いたのだ。その変わりっぷりは、まったくの別人のように映る。
『ニャーゴちゃん、会いたかったよ〜。なんで私を置いて居なくなっちゃったの〜!!』
『ニャニャニャ……』
「「『――……」」』
冷たい視線がニャーゴに集まる。俺もヴァンピール男爵も、暁の冒険団ですら軽蔑するような眼差しで黒猫を見詰めていた。
俺は額に血管を浮かべながらニャーゴに問う。拳の間接をポキポキと鳴らしながら威嚇していた。
『おう、ニャーゴ、これはどう言うことか、ちゃんと説明してもらおうか!』
『いや、それはニャァ……』
ニャーゴはバツの悪そうな表情で語り始める。
『彼女は、まだニャァが岩山に住んでいたころの隣人ニャア。夜になると、撫でさせろとか言ってくるウザい娘だニャア……』
『それだけか?』
『それだけニャア。断固として肉体関係は無いニャア……』
『そこまで疑ってねぇよ……』
ヴァンピール男爵が咳払いの後に質問する。
「そのような先生が、何故にスケルトンを複数引き連れて攻めてきたんだね?」
『それは、ニャアも知らないニャア。本人に、訊いてくれニャア』
皆の視線が再びマリア・カラスに集まった。それを察したマリア・カラスが答える。
『にゃ、ニャーゴちゃんが、急に居なくなって寂しかったから……』
「「『――……』」」
僅かな沈黙の後に俺が聞いた。
『理由は、それだけか……?』
マリア・カラスは静かに頷く。
それを見て俺の髑髏の額に血管が稲妻のように走ったような気がした。少なくとも脳天から火山が噴火していたかもしれない。
『舐めんなよ、この馬鹿亡霊。そんなことでスケルトンを大人数引き連れて訪ねてくんな。何処かの組がカチ込んで来たかと思ったじゃあねえか!!』
「まあまあまあ、シローの旦那、落ち着いて……」
エペロングが俺たちの間に入るが、俺はプリプリと怒鳴り続けた。マリア・カラスはショボくれながら説教を聞いている。
「はぁ〜……」
ヴァンピール男爵が深い溜め息を吐いた後に言う。
「とりあえず、お店の周囲を清掃しましょう。これだけ骨が散らばっていたら、明日からお店が営業できませんよ……」
『そ、そうだな。これじゃあ真っ当な客が寄り付かんか……』
するとマリア・カラスが提案する。
『それならば、私がアンデッドコントロールの魔法でスケルトンたちをフラン・モンターニュに帰しますよ……』
『できるんなら、やれよ!!』
こうして拘束魔法を解除されたマリア・カラスの魔法によって、スケルトンの軍団はフラン・モンターニュに帰って行った。そして、フラン・モンターニュの大地に戻ったらしい。
そして、ピエドゥラ村の夜が開けようとしていた。遠くの山の向こうが明るくなり始める。
それを見たヴァンピール男爵が言った。
「そろそろ朝ですね。私は城に帰りますが、マリア・カラス先生は、これからどうしますか?」
しかし、マリア・カラスは自分の名前を覚えていないのか、ヴァンピール男爵の質問に答えなかった。無視した形になる。それを察したニャーゴが聞き直す。
『幽霊ちゃんは、これからどうするんだって聞いてるニャア?』
マリア・カラスは即答で回答する。
『ニャーゴちゃんと、一緒に暮らしますわ!』
すると、我が家に暮らしている者たちの視線が俺に集まった。俺の返答を待っている。
俺は考え込みながら問う。
『幽霊って、部屋が必要なのか?』
マリア・カラスが首を左右に振りながら答えた。
『いいえ。自室は必要ありませんわ……』
『なら、常に夜の店番をしてもらう。そうすれば、24時間営業も可能だろう』
こうして、マリア・カラスが俺の店に住み込むことになった。24時間営業を叶える新しい従業員である。




