181【空亡】
七つの月が輝く夜空を隠すように宙に浮いている巨大な怪球――空亡。
それは、スケルトンたちが固まり出来上がった妖体の結晶である。
その全長は約40メートル。表面に複数の髑髏顔が並び、360度すべてを監視していた。ゆえに死角は皆無。どの方向から攻められても漆黒のビーム砲で撃墜可能だった。
この大怪球の中央に、本体であるマリア・カラスは潜んでいた。それは、まさに鉄壁の防御である。
話しは、少し変わる――。
読者諸君は、「空亡」たる妖怪をご存知であろうか?
空亡とは、百鬼夜行の最後尾に登場する、赤い満月のような大妖怪である。漆黒の雲に身を包み、悲しみを振りまきながら浮遊する、魑魅魍魎の王とされている。
だが、その実は、新参者の妖怪であるのだ。
百鬼夜行における空亡の初登場は、2006年インターネット掲示板「不たばちゃんねる」の「僕の考えたオリジナルキャラを描いてもらうスレ」で、あるユーザーによって投稿されたキャラクターである。このキャラクターは、闇から邪悪なものを生み出す妖怪として設定され、地上に現れると世界が終わると謳われていた。
要するに、子供の戯言から生まれたオリジナル妖怪のようなのだ。
百鬼夜行絵巻では最後に太陽が現れて妖怪たちが逃げていくのだが、その太陽を妖怪だと誤解した人がいたのだろう。それが、「空亡」の誕生秘話だとされている。
だが、この異世界に空亡を再現した魔術師がいた。それがマリア・カラスだった。
彼女は魔術師としては一流だったが、戦術家としては二流以下の三流。ゆえに人海戦術が押し通らないと知れた途端、複数から個の力へと戦術を変更したのである。
しかも、近接キャラが届かない空中で防御を固め、じわじわと遠距離攻撃で敵を削る作戦を取ったところからして、まったくの馬鹿でもないようだ。素人ながらに得策を講じている。
結果的に、シローたちは手も足も出せなくなっていた。攻めあぐね、防戦一方に追い込まれている。
だが、ピエドゥラ村サイドも遠距離攻撃魔法の専門家を出してきた。それが、ヴァンピール男爵だった。
黒いマントを靡かせながら空亡と同じ高さに舞い上がる姿は紳士的なタキシード。洒落た杖を持った姿は黒髪オールバックの貴族である。
彼は、フランスル王国公認のバンパイアである。しかも真祖のバンパイアだ。
彼は若い頃に、魔法の研究の末、バンパイア化に成功した。それは、彼の特異体質を持ってしての奇跡か偶然だったのだ。
ゆえに、本来の目的である不老不死兵団の設立までは成功しなかった。しかも、その後の魔法研究に行き詰まり、ピエドゥラ村たる荒地に追いやられた。
だが、フランスル王国でただ一人の不老不死として気長に生きることを覚悟に刻み、末長く生きて行くと誓ったのである。
しかし、伝説のバンパイアとて完璧な不老不死でもない。心臓に木の杭を打ち込まれれば死ぬ。太陽光を浴びれば灰になる。銀の武器で斬られれば怪我だって負うのだ。
そのような彼の前に完璧な不死が現れた。それが、髑髏の商人シローだった。
ヴァンピール男爵は、彼を観察し、研究して、不老の完成に役立てようと考えていた。
だが、それ以上にヴァンピール男爵が目論んでいるのは、世界の統一だった。
その世界統一の王としてシローを祭り上げようとも考えていた。
それは、「不老不死の王が、不老不死の世界を統一すべき」という考えからだった。
その夢が数百年かかろうとも構わない。何故ならアンデッドである彼らには、時間だけならば無限にあるのだから――。
そのためヴァンピール男爵には、シローの邪魔立てする者は許されなかった。
それが、大怪球――空亡と戦う理由である。
「まずは、火炙りから行きましょうか」
手にしていた杖先を空亡に向けるヴァンピール男爵が魔法を唱える。
「ドラゴンファイアーブレス!」
杖先から吹き出る炎は火炎放射器よりも激しく熱かった。扇型に広がったファイアーが空亡の巨体を丸ごと飲み込む。
「焼け落ちろ――」
しかし、空亡は複数の髑髏面から極寒の息を吐き、火炎から身を守っていた。冷気の息が灼熱を中和している。
「なんと、魔力が私と五分五分か……。これは、難儀な敵だな。だが――」
炎が駄目なら、他の属性で攻撃を企む。今度は雷だった。空亡の上空に黒雲が渦巻き始める。
「サンダーボルト!!」
突如、空亡の頭上から雷が落ちた。その一撃が空亡の脳天を激音と共に激しく抉る。空亡の天辺にクレーターが刻まれた。
『ボーンリジェネレーション……』
悲しげな声が唱えるアンデッド専用の回復魔法。その魔法が、抉れたクレーターを修復していった。やがてすぐクレーターが埋まってしまう。
「修復魔法も有しているのか、これは厄介だな」
隙あり。
『ムーン・スプラッシュショット!』
唐突に空亡の髑髏面たちが同時に漆黒ビームを放った。その数は複数。その複数のビームがヴァンピール男爵を貫いた。男爵の体が蜂の巣のように穴だらけになる。
しかし、ヴァンピール男爵は余裕ありげに微笑んでいる。効いていない。
霧のように体を揺らしているヴァンピール男爵。その体に開いた穴が塞がっていく。
「暗黒魔法は無駄だよ。私はバンパイアでね。負の攻撃は無効化できる。撃つならば六大元素の他にしたまえ」
片手の指をピンと伸ばした形で、その腕を頭よりも高く振りかぶる。
「――例えば、エアースラッシャーLv8!!」
ヴァンピール男爵が縦振りに繰り出す素手での手刀。そこから繰り出された無風の斬撃が空亡の巨体を真っ二つに切り裂いた。
半月の如く綺麗に二つに割れる球体。その片方がわずかにずれ落ちた。
その割れ目の奥でヴァンピール男爵を睨みつける亡霊の姿は髪の長い女性。それは、悪霊の眼差しでヴァンピール男爵を睨んでいた。妬み、怨み、辛みがぶつけられる。
その女性の怖い顔を見て、ヴァンピール男爵が驚いていた。
『しくしく……』
「もしかして、マリア・カラス先生ですか……?」
しかし、ヴァンピール男爵の言葉は彼女まで届いていない様子だった。否、聞こえていても無視されたのかもしれない。
何にしろ、ヴァンピール男爵の言葉に彼女は反応を見せなかった。再びボーンリジェネレーションを唱えて空亡を元に戻す。半月が満月に戻り、割れた切れ目を塞いでしまった。




