180【魔法のエース】
レビテーションの魔法で夜空に浮き上がったマリア・カラスの周囲に、同じく浮遊するスケルトン軍団が集まり、巨大な骨の球体を形成した。
それは夜空を覆い隠すほどの大きさ。髑髏の満月。おそらく直径40 メートルはあるだろう。数百体分のスケルトンが集まった大怪球である。
もしその中央にマリア・カラスが隠れているのならば、防壁の厚さは20メートルにもなるはずだ。骨の耐久力をもってしても、かなりの装甲だろう。容易く打ち破れない厚さである。
何よりも問題なのは、大怪球が上空に浮かび、こちらの攻撃が届かないこと。そして、その大怪球からは容赦なく魔法攻撃が地上へ降り注ぐことだった。まるでショットガンのように複数本のビームを同時発射してくる。
『ムーン・スプラッシュショット!』
大怪球の表面に無数に埋め込まれた髑髏から、漆黒の怪光線が地上の者たちに向かって放たれる。しかも複数同時発射。その火力は、リビングアーマーの装甲を容易く貫くほどで、撃ち抜かれた甲冑兵団のボディには拳銃で撃たれたような小さな穴が開いていた。
もし中身が空のリビングアーマーでなければ、その一撃で命を落としていただろう。生身相手なら殺傷力は十分だ。
『危ねえ……今度は高い位置から飛び道具で攻めてきたぞ』
夜空を睨みながらシローが呟くと、ブランが続いた。
「こっちが手ぇ届かねえからって、調子に乗ってるべさ!」
確かにシロー側の戦力は接近戦が得意な者が多く、遠距離攻撃できる者は少ない。
そんな中、ティルールが高笑いを上げた。
「はーっはっはっは! ついにあたいの時代が来たようね!」
赤髪のティルールは、高笑いとともに弓を構え、夜空に向けて狙いを定める。そして得意のスキル技を放った。
「食らいなさい! スマッシュアローLv5!」
放たれた矢は大怪球に命中し、煉瓦壁を貫くほどの破壊力で表面に30センチほどの風穴を開けた。
だが、その風穴もすぐに塞がる。内部でマリア・カラスがボーンリジェネレーションを唱えたのだろう。矢はボス本体には届いていない。
「効いてないわね……」
「そうみたいだな……」
肩を落とすティルールとエペロング。その横で、今度はマージがスタッフを振り回しながら言う。
「今度は儂が魔法で吹き飛ばしてやるわい!」
女魔法使いは掌に火球を作り出し、魔力を練り上げて上空へ投げ放った。
「爆散しろ! ファイアーボール!」
しかし、その火球は大怪球から放たれたスプラッシュショットに撃ち落とされ、空中に大爆炎が轟いた。火力は大怪球まで届いていない。
「くそ……」
『矢も魔法も駄目か……』
すると、バンディとプレートルが小声で話し始めた。
「プレートル、スカイラブハリケーンを仕掛けるか?」
「やめときましょう、バンディ。あれじゃ高すぎて届きません……」
どうやら二人の連携技は却下されたようだ。それが正解だっただろう。
やがてシローたちが攻めあぐねていると、大怪球から再び攻撃が来た。ムーン・スプラッシュショットを無差別に乱射してくる。
『うわぁ、撃ってきたぞ!』
「無茶苦茶な乱射だべさ!」
地上の者たちは建物や木陰に身を隠し、乱射をやり過ごすしかない。隠れ方を知らないリビングアーマー兵団は次々と撃ち抜かれ、甲冑内のコア魔法陣を破壊されて倒れていく。
「こりゃヤバい……」
『何か打開策はねえのかよ……』
ただ身を縮めるしかないシローたちの周囲に、突如として霧が立ち込めた。その霧が一箇所に集まり、やがて白い塊がスーツ姿の紳士へと形を変える。
シルクハットにステッキ、背にマントを靡かせた紳士――。ピエドゥラ村のブラッドダスト城当主、レゾナーブル・ド・ヴァンピール男爵五世である。
男爵は薄笑いを浮かべ、上空の大怪球を見上げて言った。
「空亡とは、なかなかのアンデッド使いのようですね」
その直後、男爵の体を何本ものスプラッシュショットが貫いた。しかし、光線は男爵をすり抜け、そのまま背後の地面へ突き刺さる。
「無駄です。霧化している私には、どのような攻撃も効きませんよ」
『ヴァンピール男爵!』
男爵は薄笑いのまま続ける。
「この村には魔法攻撃に秀でた者が少ない。ゆえに、宙に陣取られて遠距離攻撃に専念されると不利なのです」
そう言うと男爵は浮き上がり、大怪球と並ぶ高さまで舞い上がった。
「しかし私はバンパイア、しかも魔法の手練。この戦いでは間違いなくエース級の戦力です」
そして被っていたシルクハットを地上のメイドへ投げ捨てる。それをシアンが受け取った。
「さあ、ここからは魔法対決ですよ!」
男爵は片手に持った杖の先を、大怪球へと向けた――。攻撃魔法を練り始める。




