179【大怪球】
スケルトン大軍団との二回戦。それは、敵将であるマリア・カラスが唱えた〈ボーンリジェネレーション〉で開幕した。
シローたちが四百か五百はいたスケルトンを残り百体ほどまで解体したのに、たった一つの魔法で倒したはずの者たちが全員復活したのだ。流石にやる気が折られる。
ブランに関しては、体力的に疲れたのか、それとも気持ちが折れたのかは不明だが、プロテクションドームの前でしゃがみ込み、ダラダラと休憩していた。
『こら、ブラン。休んでないで働け!!』
俺の恫喝に、ブランは息を切らしながら答える。
「ちょっと待ってくださいだべぇ。わたスはスロー様と違って体力が無限じゃないだべさ。インターバルは必須なんたべさ……。ハア、ハア……」
シローは攻撃の手を休めず破壊を繰り返しながら激を飛ばした。
『何を甘ったれたことを言ってやがる。シレンヌを見習いやがれ!』
ブランが甲冑メイドのほうを見ると、シレンヌは楽しそうに電動チェンソーを振り回していた。ガリガリと削るようにスケルトンたちを撃破している。
「こいつも体力が無限だべか……」
しかし、戦況は明らかにシローたちが不利だった。その理由は、シローとシレンヌがいくら頑張ってスケルトンたちを減らしても、敵のボスであるマリア・カラスが〈ボーンリジェネレーション〉を唱えるたびに敵軍が全員復活してしまうからである。これではきりがなかった。
幸いなのは、敵の中でも強大な戦力であるはずのティラノザウルススケルトンが、なぜか戦線を離れて動かないでいてくれたことだ。
骸骨恐竜は、店の前に尻餅をつくように腰を下ろし、こちらをぼーっと眺めている。まるでブランと同じであった。
何が楽しいのかは分からないが、時折長い骨尻尾を左右に振っていた。その視線は、戦い続けるシローに向けられている。眼球は無いが、明らかに熱い視線を感じていた。
まあ、今は敵を減らすことが最優先のシローからすれば、ティラノザウルススケルトンが戦場に出てこないほうが助かる。
だが、このままでは不味い……。店を守っているプロテクションドームの制限時間が迫っていた。もうすぐニャーゴの魔力が尽きる。約束の10分間が過ぎようとしている。
その証拠に、店を守るドームの光がかすみ始めていた。それが制限時間の終わりを知らしていた。
店の地下室。段ボールの上で座り込みながら気を集中している黒猫のニャーゴの額に深い皺が寄っていた。猫なのに脂汗まで流している。
それを見守るチルチルが励ますように話しかけた。
「ニャーゴちゃん、頑張って!」
『ニャニャニャ……』
「ニャーゴちゃんが頑張ってくれないと、この店が……シロー様のお店が襲われちゃうの。それだけは絶対に駄目なんだからね!」
『ニャ〜……』
チルチルは、自分の心配ではなく、シローの店を案じていた。その健気な思いはニャーゴにも伝わった。だからニャーゴも必死で耐えていた。
正直なところ、既に10分は過ぎている。もう15分になろうとしていた。そして、どんなに頑張ってもプロテクションドームの持続は20分が限界。それは魔力や体力の問題ではなく、ニャーゴの生命エネルギーの限界を意味していた。それ以上は黒猫の命が尽きてしまう。
だが、店外の戦況は決着がつきそうにない。いずれは死者の波に飲まれるのは明白だった。時間の問題だ。
しかし、今さらニャーゴに、この店の守りを捨てて逃げ出す体力はない。故に、外で頑張るシローたちを信じるしかなかった。
『ええい、ウザったい!!』
スケルトンたちを殴り倒しながら前進を試みるシローだったが、スケルトンの人海戦術に押され進行を妨げられていた。
スケルトンたちの群れに隠れてマリア・カラスの姿は見えないが、人混みの中央から狼煙のように黒いオーラが昇っているのが見えた。
『あそこに居るはずなんだ……!』
分かっている。あそこに敵の親玉が居る。あの女を倒せばスケルトンの行進も止まるはずだ。
だが、そこまで辿り着けない。スケルトンの押し寄せる勢いのほうが強い。
『クソ……』
そう、シローが愚痴をこぼした刹那だった。スケルトン軍団の背後で大きな爆発炎が上がった。ファイアーボールの炸裂である。
「はっはっはっ〜! 儂のファイアーボールで焼き払ってやるぞい!」
「全員突撃だ〜!!」
「「「「おお〜〜!!」」」」
「あほー、あほ〜!」
それは、暁の冒険団の加戦だった。いつもの五人組がスケルトン軍団の背後から奇襲を仕掛けてきた。
「ターンアンデッド!!」
神々しい光。プレートルの放った神技で、スケルトンたちは頭部が残っていても崩れ落ちた。そして、その骨から迷える魂が浮き上がり、夜空に昇って行った。どうやら成仏したらしい。
『助かる、エペロング!』
「シローの旦那、今度カレーライスを奢ってくださいね。それが報酬ですよ!」
『一週間、朝カレーを奢ってやるから、もっと頑張れ!!』
「「「「「やった〜!!」」」」」
暁の冒険団が加戦してくれたが、それでもまだスケルトンの行進が勝っていた。ブランも休憩を終えて前線に戻ったが、じりじりと後退を強いられる。
『駄目だ……。まだ戦力が足りん……』
そこに、さらに戦力が現れた。
ブラッドダスト城の戦闘メイドたちとリビングアーマー軍団だった。ガシャンガシャンと金属音を響かせながら、農道を列をなして迫ってくる。
いち早く駆けつけた垂れ耳犬のシアンがシローに問いかけた。
「シロー様、これはいったい何事ですか!?」
『俺も知らん。知らんが助かったぜ!』
その瞬間、プロテクションドームの魔法が切れた。しかし、リビングアーマー兵団が店の前に壁を作り、スケルトンから守ってくれている。
『これで制限時間は無くなった。マジ助かる……』
だが、情勢は好転したわけではなかった。スケルトンの群れからマリア・カラスが夜空に浮かび上がる。
「彼女は?」
『知らん人間だが、今回の元凶っぽい』
シローたち三人、暁の冒険団、戦闘メイドたちが夜空の彼女を見上げた。
そして、彼女が新たな呪文を唱える。
『トランス・ファー・アンデッド!』
その声に引かれ、地上のスケルトンたちも浮かび上がる。そして、マリア・カラスを包むように集まって行く。
『なんだ、あれ……』
スケルトンたちはマリア・カラスの周囲で球体を形成していた。骸骨の大きな球体――まるで骨で作られた満月。
死者の使者、大怪球「空亡」であった。




