178【やり直し】
大きな口を半開きにして横たわるティラノサウルススケルトンは、顔半分が破壊されて動かなくなっていた。その哀れな姿をバックにシローが振り返る。
『よしよし、だいぶ減ってきてるな』
シローから見える景色は、ブランとシレンヌに破壊されたスケルトンたちの残骸の海。その山を踏みしめながら行進を続けるスケルトンの群れは、随分と数を減らしていた。しかし、それでも百体以上は残っているだろう。
そして、行進を続ける無表情なスケルトンたちの群れの中に異様な人影を見つける。
それは、長い髪の女性。垂れ下がった前髪で表情ははっきりと見えないが、間違いなく女性だろう。白いワンピースの胸元が膨らんでいるのが分かった。
『なんだ、あれ――?』
首を傾げながら前に進んでいくシローは、謎の女性に向かって歩み続ける。襲い掛かってくる雑魚スケルトンたちを薙ぎ払いながら女性に向かって行った。
『こいつが、このスケルトンたちの親玉か?』
歩み進むシローが足を止めた。謎の黒髪女との距離は約2メートル。いざとなればダッシュ後の突きも蹴りも届く間合いだ。
ふと、シローは時間が気になった。既に五分は過ぎているだろう。もしかしたら七分は過ぎたかもしれない。ゆえに、そろそろ決着をつけなければニャーゴが張っているプロテクションドームが切れてしまう。
そのために、手早く敵のボスキャラを倒さなくてはならなかったのだ。店の破壊だけは避けたい。
そして、眼前に敵のボスだと思われる女性が立っていた。その霊体から醸し出される妖気は、他のスケルトンたちとは桁が違う。しっかりとした信念のもとにアンデッドを行っているのが理解できた。恨み、妬み、嫉妬の質が違っている。
『なんだ、こいつは……』
シローが慎重に構えを築く。真っ直ぐに髪の長い彼女を睨み付けた。睨まれる彼女も睨み返してくる。その眼力は、格闘技家のシローにすら引けを取らない眼光だった。
長い髪の間からうかがえる血走った瞳は怨念が溢れていた。欲望のままに何かを欲する眼差しである。何が何でも目標を達成しようとしているのが悟れた。
この女性には、成仏なんて生ぬるい言葉は通用しないだろう。
本能で悟る――。
『こいつが、元凶ッ!!』
唐突にシローがステップダッシュで飛び込んだ。パンチやキックで二人の間に立っているスケルトンたちを薙ぎ払うと、亡者のような彼女の前に立ち塞がる。
『決める!!』
振りかぶっていた拳を真っ直ぐに放って彼女の顔面を狙った。
しかし、彼女が唐突に黒く輝いた。それと同時に長い髪が大きくなびく。
『なっ!?』
途方も無い衝撃が全身を襲う。刹那、シローの体躯が飛ばされた。怨念の波動だけで弾かれたのだ。
宙を舞うシローは、再びブランやシレンヌの頭上を越えて、ティラノサウルススケルトンが横たわる元まで戻される。後頭部から叩き付けられるように着地すると、ゴロゴロと転がった挙げ句に巨大恐竜の骨にぶつかって止まった。
『クソッ!!』
シローは素早く立ち上がる。そして、髪の長い女性を睨み付けた。立ち尽くす女性の周りにいたスケルトンたちも彼女の波動に飛ばされていた。彼女一人がポツンと立っている。
シローを睨み付けてくる彼女が、怒り溢れる声色で述べる。
『じょ、女性に暴力を振るうのは、い、いけないと思います……』
餓鬼の意見である。
『何を洒落臭い!』
ダンっと、空手の構えを築くシロー。大きく股を開いて対馬の構えを取ってみせる。そして、自分勝手な論議を唱えた。
『俺は空手家だ。例え相手が女子供老人だろうと、敵として前に立つのならば、敬意を表して打ち倒すのが礼儀。か弱いからと言って、舐めて掛かるほうが無礼だ!』
怨念が深そうな眼差しでシローを見る彼女が述べた。
『き、嫌い……。そ、そういう考え方は、私は嫌いです……』
『俺は、敵に好かれるために戦っているわけではない。自分の手の届く範囲の知人たちを守るために戦っているのだ!』
ブランが小声で呟く。
「嘘だぁ〜。絶対に楽しんでいるだべさ……」
その言葉が聞こえたのか、シレンヌが頷いている。彼女たちには、そのように見えているのだろう。シローの言葉は仲間のハートには届かない。
髪の長い女性が述べる。
『どちらにしろ、私の邪魔立てをする者は、押し潰す!』
言葉の最後に彼女の双眸が赤く輝いた。怪しいオーラが彼女から流れ出る。その途端、彼女が呪文を唱えた。
『ボーンリジェネレーション!』
『えっ!?』
言葉が魔力を含んで周囲に広がった。その魔力を浴びたスケルトンたちが修復して立ち上がる。確実に頭を破壊されていたはずのスケルトンたちも、砕けた頭が元に戻り接着されると完全回復して戦場に復帰したのである。
百体程度まで減っていたスケルトンの数が、三百以上まで戻っていた。周囲が再びスケルトンの海に変わる。もちろん、顔面を半分破壊されて倒れていたティラノサウルススケルトンも完全回復して立ち上がった。
『ギャァオオオアオオオオオン゙!!!!!』
『あらららら〜……。嘘でしょう………』
残念。一からやり直しである。
『「ええ〜……』」
流石の三人も、ガッカリしていた……。




