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176【TレックスS】

『うらっぁぁぁああ!』


 シローの中段回し蹴りがゴブリンスケルトンの頭部を横殴ると、小鬼の頭骨が木っ端微塵に飛び散った。続いてシローは深いガニ股で腰を落とすと、腰元に肘を添えて気合いを放つ。


『押忍ッ!!』


 その気合いが気迫と代わり、スケルトンたちの魂を激しく揺らした。死者たちの空っぽの魂が困惑に歪む。


「スロー様ったら、気合いが入ってますね。そんなに楽しいのだべか?」


 そう言いながら、ブランはスナップの効いたジャブで飛びかかるゴブリンスケルトンを何気なく撃破した。


 シレンヌのほうを見てみれば、もらったばかりの電動ノコギリを振り回しながら、次々とスケルトンたちの頭を破壊して回っている。その姿は、楽しげにはしゃいでいる小学生のようだった。


「わたスも頑張らなくっちゃ!」


 そう述べたブランがファイティングポーズを築くと、スケルトンの群れの中に飛び込んでいく。軽やかなステップでスケルトンたちの隙間を縫うように移動しながら、鋭いパンチやキックを頭部に打ち込んでいった。その一撃一撃で、スケルトンたちは頭蓋骨を破壊される。


「楽勝だべ!」


 ブランにも、この戦いは圧勝だと思えていた。制限時間10分以内にスケルトンを壊滅できるかは分からなかったが、自分たちが――否、自分がスケルトンに負けるとは思いもしなかった。


 それだけ余裕を感じていたのだ。


 しかし、その自信を揺るがす敵が現れる。それは、人型スケルトンの群れの中から突然ひょっこりと頭を出した。


「な、なんだべさ……あれ……」


 それは、巨大な頭部を持った騎獣のスケルトンだった。しかも、その騎獣スケルトンは普通の騎獣よりも遥かに大きい。


 普通の騎獣は首を伸ばしても2メートルぐらい。だが、その騎獣スケルトンは、13メートル以上の身長があったのだ。


「大きすぎないだべさ……」


 さすがのブランも、その巨体に唖然としてしまう。


『ティラノサウルスだ……』


「ティラノサウルス……?」


 知らない。ブランの知っているモンスターには、そのような怪物は存在しない。


 だが、ブランがシローのほうを見ると、シローは僅かに震えていた。しかし、その震えが恐怖や怒りの類とは違うことは、すぐに悟れた。


 シローは、歓喜しているのだ。強敵の出現に喜んでいるのが分かった。武者震いで震えていたのだ。


『ナイスなのがいるじゃねぇか!』


 ティラノサウルスの顔を見上げるシローは、思い出していた。それは幼きころの思い出である。


 近所の自然科学博物館。そこは入場料が無料だったために、夏休みになると、父親の三郎によく連れて行ってもらった場所である。


 その博物館のロビーには、原寸大ティラノサウルスの骨格模型と、同じく原寸大ティラノサウルスの巨大模型が飾られていた。


 その二つの模型を見上げながら四郎少年は、想像を巡らせていた。


「これが、世界最強の恐竜なのか……」


 ティラノサウルスが世界最強なのかは不明だったが、強いのは骨格の太さを見ただけで想像が及んだ。――これは「強い」と。


 頭の大きさ。大きな顎と鋭い牙。おそらく人間ならば、一噛みで殺せるだろう。そして、一飲みだ。


 世界レベルの格闘家に成長した四郎ですら、素手で勝てるかは不明である。まさに強敵――。


 その強敵が、眼の前に現れた。スケルトンだが、戦闘力では生身とほとんど変わらないはずである。ナイスなビッグプレゼントだと思った。


『ブラン――』


「な、なんだべさ……」


『あれは、俺の獲物だ。絶対に手を出すなよ!!』


「はいだべさ……」


 言われなくても手を出す気はない。むしろ、シローに任せて自分は雑魚スケルトンの相手をしていたかった。ブラン的には、シローが一人で相手をしてくれることにホッとしているぐらいである。


『よ〜〜し、やるぞ〜〜!!』


 シローが自分に群がってくるスケルトンたちを薙ぎ払いながら前に進んでいく。その先にいるのは、もちろんティラノサウルススケルトンだった。


 ティラノサウルススケルトンも、自分を目指して進んでくる能面の男を見て、遠吠えのように上を向いて吠え立てる。七つの月夜に凶悪な鳴き声が轟いた。


『ギャオオオォォォォン!!』


 その遠吠えを聞いたスケルトンたちが、薄暗く輝いた。雑魚スケルトンたちの動きが若干速くなる。スピードアップのバフであろう。


 そして、足元にいるスケルトンたちを踏み潰しながら、ティラノサウルススケルトンがシローに向かって突進を開始した。どうやら本人にも先ほどのバフがかかっている様子である。


『オギャァァアアアアアン!!』


 ティラノサウルススケルトンは、大きく口を開いて噛みついてくる。脳天からシローを丸かじりするつもりらしい。


 しかしシローの反撃が、ティラノサウルススケルトンの顎を強打する。


 全身を右から左に振るいながら繰り出される大振りのフックが、真上から迫るティラノサウルススケルトンの顎を横殴った。拳撃がヒットした瞬間に、釣り鐘でも叩いたかのような硬い音が響く。


 だが、殴られたティラノサウルススケルトンは、少しばかり横を向いただけで、大きく揺るがなかった。たいしてダメージを負っていないようだ。


 そして、再びシローの頭からかじりつこうと試みた。


 そこに今度は、左から右に全身を振るいながら繰り出されるフックが、ティラノサウルススケルトンの顎を反対側に横殴る。今度は右を向かされたティラノサウルススケルトンが、何かを考え込むように止まっていた。


 ゆっくりと前を向き直すティラノサウルススケルトン。その視線がシローと交差する。


『シュルルルルルルルルウウ〜〜』


『どうでい、恐竜野郎ッ!』


『ガァォォオオオオオオオオオオオン!!』


 唐突にティラノサウルススケルトンが、大きな背を見せるように踵を返した。スピンする。


『んん?』


 刹那、ティラノサウルススケルトンの太い尻尾が振られる。その骨尻尾は、周囲のスケルトンたちを吹き飛ばしながらシローに迫った。


『回避っ!』


 ――は、間に合わない。シローは仕方なくガードを築いた。真横から迫るボーンテール攻撃を、片肘と片膝を立てて防いでみせる。


 しかし、その威力は凄まじかった。ガードしきれなかったシローは吹き飛ばされる。


『なぬぬ!!!』


 宙を舞うシローが、ブランとシレンヌの頭上を超えて、店を守るために張られていたプロテクションドームに激突して止まる。そして、滑り台を滑るかのように下に落ちてきた。


『クソ……。何本か骨がイカれたか……』


 首、右肩、背骨に違和感がある。今の一撃で骨がやられたのだろう。それでもシローは、何事もなかったように立ち上がった。


『面白え、面白えぞ。このぐらい骨があったほうが楽しめるってもんだぜ!』


 シローは体にダメージを感じながらも、歓喜していた。


 シローは、敵が強ければ強いほど燃えてくるタイプのようである。まさに漢なのだ。



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