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171【縦穴と横穴】

 暁の冒険団が崩れた坂道を登って、フラン・モンターニュの上層部に到着した。100メートルほどの坂道の上には、森に囲まれた広場がある。その入り口には、赤い鳥居が建っていた。ニャーゴが建てた鳥居である。


 その鳥居をくぐって進むと、いくつもの小岩が重ねられた小山があった。小山の上には木製のお堂があるのだが、中身は空であった。以前、ニャーゴが宇宙船のドックに使っていたお堂である。


 ティルールがお堂の中を覗き込みながら言った。


「ここに、ニャーゴちゃんが住んでたんだ〜。……狭いわね」


 すると、広場の周りを見渡しながらエペロングがマージに訊いた。


「マージ、周辺に魔力は感じられるか?」


 周囲の魔力を探るマージが真剣な顔つきで答える。


「エペロング、森の奥から魔力の残留を感じるぞ……」


「大きいのか?」


「大きくはないが、禍々しさが濃いのぉ……」


 風で森の木々が揺れている。エペロングもマージが見詰める方向を見ながら言った。


「モンスターの気配か?」


「分からん。もっと近づいてみないとのぉ……」


 マージの話を聞いて、暁の面々が武器を抜いて警戒を強める。おふざけだった顔つきが、真剣な色に変わっていた。冒険者らしい面構えである。


「よし、進むぞ――」


「ラジャ!」


 周囲を警戒しながら進む暁の冒険団たち。そして、森の中をしばらく進んでいると、パーティーの目の前に大きな縦穴が現れた。地面に大穴が空いているのである。


「なんだ、この穴は?」


「井戸かしら?」


「いかがわしい魔力は、この中から湧いてくるぞい……」


 森の中にぽっかりと開いた縦穴は、地面に大きな口を開けていた。その中から、怪しげな空気が吹き上がっている。


 直径は10メートルほど。深さは不明。底が見えないのだ。そして、縦穴の外壁には螺旋階段が築かれている。そのためか、明らかな人工物だと思われた。縦穴の壁は、石が積まれて補強されている。


「ダンジョンか?」


「そんなものがあるなんて聞いてないぞ?」


 フラン・モンターニュでは、十数年前に資源探知魔法で資源調査が行われたとされている。結局、資源は皆無だと判定されたのだが、その時の残骸なのではと思われた。


 しかし、エペロングはヴァンピール男爵から、そのような報告は受けていない。ダンジョンや洞穴があるとは聞いていなかった。それに、ニャーゴからも、このような穴があるとは聞いていなかった。


 縦穴を覗き込みながらバンディが言った。


「報告漏れとかあったんじゃねえのか?」


「分からんな……」


 そう言いながらエペロングは小石を拾い上げると、縦穴に放り込んだ。だが、縦穴内からは、たいした反応は返ってこなかった。寂しく石が転がる音しか聞こえてこない。


「とりあえず、少し潜ってみるか?」


 背中に背負っていたバックパック内を漁るバンディが問うと、エペロングが言う。


「少しだけだぞ、バンディ」


「おうよ」


 そう返答したバンディが、バックパックの中から懐中電灯を取り出した。電池式の懐中電灯で、シローの店で大金貨一枚で購入した貴重な品物である。


 バンディは懐中電灯で縦穴の奥を照らしながら言う。


「どうする? 俺が先行して探ってこようか?」


「頼めるか、バンディ?」


「任せておけ――」


 バンディは一言だけ返すと、縦穴に降りていく。壁際の螺旋階段にトラップがないかを探りながら、慎重に降りていった。


 上からは、いつでも援護射撃ができるようにティルールが弓矢を構えている。上に残ったメンバーも警戒を怠らない。


 慎重に一歩一歩を踏みしめるバンディ。石壁や足元に警戒を強める。


「トラップはないようだな。だが……これは足跡か?」


 バンディは階段に残る砂埃から足跡を見つけていた。しかし、その足跡は子供か女性のように小さい。しかも、素足のようだ。


「ここに、ゴブリンでも巣くっているのか?」


 さらに警戒しながら下に降りていくと、最下層と思われるところまで到着した。たぶん深さは50メートルほどだろう。


 そして、最下層部には井戸のように水が溜まっている。その水たまりの深さは不明。それよりも、壁際の一角に横穴が掘られていた。その横穴も明らかに人工物だ。トンネルのように岩で補強されている。


「今度は横穴か……」


 横穴の闇を懐中電灯で照らすが、静かな空気が流れ出てくるばかりで、生命の気配は感じられない。しかし、地面の真ん中には、誰かが歩いて踏み固めた跡がはっきりと残っている。


「間違いない。何かが巣くっているな」


 それだけを確認したバンディは螺旋階段を戻って上に帰る。そして、縦穴内部で見たことを仲間に報告した。慎重な冒険者らしい的確な判断である。


「どうするよ? 横穴も調査するか?」


「それよりも、ニャーゴちゃんにもう一度話を聞き直したほうがよくないかのぉ。何か伝え忘れていないかを?」


「それも、そうだな……」


 こうして暁の冒険団は、本日の調査作業を終了させた。村に帰る。


 しかし、人が去った縦穴内部では、中の住人に動きが見られた。


 縦穴内の横穴から、寂しそうな女性の声が漏れ出てくる。それは、鼻をすすりながら泣きじゃくる女性の声だった。


『ううぅ……。淋しい……。こんなところで、一人なんて淋しいですわ……。猫さんも居なくなったし、怖い人々が訪れるし、怖いですわ……。しくしくしく……』


 横穴の闇から、何かが歩み出てくる。それは、数年前からこの縦穴に住み着いている――否、取り憑いている禍々しい霊体である。


『ううう……。淋しい、一人は淋しいですわ……』


 彼女はスケルトンに霊体が取り憑いたようなレイスの姿。幽体と骸骨が合体したハイブリッドのアンデッドだ。


 そのためか、昼間は太陽の光が届かない穴蔵の奥に潜んでいるが、夜になれば縦穴から出てこられる。


 そして、夜になった。彼女が縦穴から姿を表す。


『うううう……。誰もいない……。ニャーゴちゃんは、どこに行ったの……。しくしくしく……』


 その姿は、幽体に髑髏が、灰色の薄汚れたワンピースをまとったもの。白髪の長い髪を垂らした、骸骨面の女性幽霊だった。



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