170【暁の冒険団、その後】
ピエドゥラ村、元境界線砦。現在では、リビングアーマー兵団も撤去され、暁の冒険団の神官だったプレートル・マルタンが神父を務める教会となっていた。
プレートルは、当主ヴァンピール男爵の依頼を受け、ピエドゥラ村の神父を務めることになった。そのため、涙ながらに冒険者を引退した――はずだった。
しかし、実際には神父兼冒険者という立ち位置を保っている。普段は神父として働き、暇な時は暁の面々に誘われて冒険に出ているのだ。
ただし、冒険に出られるのは平日のみである。日曜日は必ず教会でミサを開かなければならないからだ。
この異世界の宗教観は、現代世界のキリスト教と北方神話を足して二で割ったような教義が広まっている。そのため、どの神を信じる者たちも、日曜日には教会に集まりミサを開くのが一般的となっていた。
バンパイアが支配するピエドゥラ村ですら、その宗教観は変わらない。村人たちは熱心に教会に集まり、ミサに参加する。
しかも、ピエドゥラ村は、数年間も神父不在が続いていた村である。差別を受けている獣人が集う村のため、真っ当な神父が寄りつかなかったのだ。だからこそプレートルの存在は、村人たちにとって待ちに待っていた救世主の登場だったのである。
ゆえに、神父が教会を離れて冒険に出てしまうという我が儘を、村人たちは許しているのだ。日曜日になれば帰ってきてくれるのだから、いないよりはマシなのだろう。
そして、教会は暁の冒険団のたまり場にもなっていた。暁の面々が教会内で寝泊まりしている。ヴァンピール男爵の依頼を受け、教会に泊まり込んでフラン・モンターニュの生態調査に取り組んでいるからだ。
「よ〜し、朝飯も食ったし、そろそろ出発するか〜」
愛剣である長剣を背中に背負ったエペロングが言うと、テーブル席から立ち上がる。そこは教会内の住居スペースの台所。教会内は、すでに完全なまで暁の冒険団に占拠されていた。まるで冒険者の宿のようになっている。
「今日は、フラン・モンターニュの上層部に登るんだっけ〜?」
女性アーチャーのティルールが矢筒に矢の束を差し込みながら言うと、肩にカラスを乗せた魔法使いのマージが答えた。
「まあ、上層部からはもう強い魔力は感じられないから、たいした魔物はいないじゃろうがな」
スカーフェイスの男が、両腰の鞘に二刀を収めながら、鞘ベルトのずれを直して言う。
「シローの旦那のところの黒猫が仕切っていたから、たぶん上層部には凶暴な魔物は残っていないだろうさ。あの黒猫、見た目よりも強いからな〜」
すると、プレートメイルを上半身に着込んだプレートルが言った。
「ニャーゴちゃんは、可愛いですよね。拙僧も教会で猫でも飼おうかのぉ」
「いいな〜、マイホーム持ちは猫が飼えて」
「ここは、マイホームではないぞな。神の家ぞな!」
「はいはい――」
「アホー、アホー!」
こうして、準備を終えた暁の冒険団は、教会を出て騎獣に跨りフラン・モンターニュを目指す。
そして、フラン・モンターニュに向かう森の入口で、むさ苦しい男たちの一団に出会った。男たちはテントを囲み、これから仕事を始めるための準備をしていた。
男たちが持っているのは斧やノコギリ。彼らは、パリオンやサン・モンから集められた木こりたちである。おそらく三十人はいるだろう。
そのうちの一人に、エペロングが話しかけた。
「よ〜、パズじいさん。まだ、待機所すら建たな居のか?」
すると、捻り鉢巻きを頭に締めた、タンクトップ姿のマッチョな爺さんが応える。
「おう、エペロング。家はまだまだ先だな。材料の木材すら取れてねえからよ」
彼ら木こりの一団がフラン・モンターニュに到着したのは二日前である。本格的な作業に入るのは、まだまだ先だろう。彼らとて、気長な作業になることは覚悟のうえで仕事に来ているのは間違いない。たぶん、森に道を作るだけでも一年は軽くかかるだろう。
「じゃあ、頑張って仕事をしてくれや〜」
「おうよ! お前たちも、危なっかしい魔物は、できるだけ排除してくれよ!」
「ああ、分かってる」
エペロングが親指を立てながらウィンクを飛ばした。
そして、暁の冒険団は木こりたちに手を振ると、森の中へと入って行った。
「よ〜し、今日も頑張りますかね〜」
「まあ、気楽に行きますか〜。急ぐ仕事でもないしよ〜」
「そうだな〜」
暁の冒険団がヴァンピール男爵から請け負った仕事内容は、フラン・モンターニュの生態調査とザコモンスターの排除である。倒したモンスターの数だけ、ボーナスが支払われる契約になっていた。
しかし森の中にいるモンスターは、小さな群れのゴブリンや狼の群れ程度だ。たまにクマに出くわすが、クマ程度では暁の冒険団も怯まない。それくらいの腕前は彼らにもある。
「まずは、いつも通り外周を回って、それから崩れた坂道を登ろうか」
「了解〜」
そして、しばらく歩くと、かつて甲冑騎士と呼ばれていたシレンヌと出会った場所に立ち寄った。
バンディが一本の木の根元を凝視しながら言う。
「ここで、シレンヌちゃんと初めて出会ったんだよな」
甲冑の上にメイド服を着込んだ長身の女性。長身で勇ましい外見だが、その動きは乙女のように麗しいアンバランスなモンスターである。
内股で歩き、余所余所しく内気に振る舞うのだ。初見に出会ったときと異なり、完全に素振りが変ってしまっている。今では、可愛さすら感じられるのだ。
マージがスタッフを突きながら言った。
「結局、あの娘は、なんのモンスターだったのじゃ?」
「まったくの謎のモンスターらしいぞな。ヴァンピール男爵ですら知らないらしいからのぉ」
「でも、ちょっと可愛いよな……」
「「「「えっ!!??」」」」
バンディの呟きに、暁の面々が瞬時に彼を見た。全員が、何を言い出すのかという驚きの眼差しでスカーフェイスを凝視していた。
「のお、バンディ……」
「なんだ、マージ?」
「お前さんは、あんな巨大な鎧の化け物が好みなのか……?」
バンディは自信満々に返す。
「タッパとケツの大きな女が好みです!!」
「「「「はっ!!??」」」」
仲間たちが唖然とする中で、バンディだけが微笑んでいる。
そのような状況で、カラスのコルボが「アホー、アホー、ドアホー」と鳴いていた。森に静けさが広がる。




