169【クロエのお使い】
俺が異世界から帰ると、クロエがこたつに入ったまま出迎えてくれた。こいつ、最近こたつと一体化しすぎだと思う。ヤドカリかよ……。怠惰だな。
「ただいま〜」
「あ、お帰りなさい、四郎様」
俺はこたつで煎餅をかじるクロエを無視して、タンスへ一直線に進む。そして最上段の引き出しを漁る。以前申請したパスポートを探し始めた。
「四郎様、何をお探しで?」
「パスポートを……な」
するとクロエが、まるで天気の話でもするかのような軽さで言った。
「四郎様のパスポートなら、タンスじゃなくて仏壇の引き出しに入ってますよ」
俺は漁る手を止め、ゆっくりと首を回す。冷めた目でクロエを見据えた。
「なんで、それをお前が知ってる……?」
「上司のことは何でも知っていてこその事務員ですから」
この野郎……。相当俺のことを調べ上げてやがるな。侮れん。
しかも、仏壇の引き出しってのも妙にリアルだ。昔の親父がそういう貴重品を入れるのがクセだったっけ……。まさかそこまで把握してるとは。
もしかして、こいつ、俺が部屋のベッドの下にエロ本を隠しているのも知っているのかも知れない……。
「ところで四郎様。パスポートって、どこか外国にでも渡航なさるのですか?」
「いやね、ちょっとアメリカまで行こうかと思ってさ」
「何故です?」
「異世界で、拳銃の弾丸を売らなきゃならなくなってね。それを仕入れようと思ってさ」
クロエは、困ったように眉をひそめた。その表情は、心配というより、完全に呆れ顔だった。
「四郎様、鏡野様に注意されませんでしたか?」
「何を?」
「現代科学の持ち込みは慎重にって――」
「言われたよ」
「じゃあ、なぜ?」
「だって、祖父の一郎が勝手に拳銃を持ち込んでやがったんだもん。もう手遅れだったわ……」
「あらら……」
「まあ、今回は弾丸だけの販売だ。現地人には、俺じゃ拳銃本体は入手できないって言ってある。しかも弾丸すら、そう簡単に手に入らないって伝えてあるし、まあ、しばらくは今回限りの話だろう」
「そうですか。でも、あまりやりすぎには注意してくださいね。その異世界は、四郎様亡き後には私の物になる予定の異世界なんですからね」
「まだ、後釜を狙ってるのか、クロエ?」
「それが、寿命長きエルフの特権ですからね。えっへん!」
「はぁ〜……」
ため息をついた俺は、仏壇の引き出しを開けて、そこにあったパスポートを取り出した。ページを開いて、有効期限を確認する。
「ちっ……。十年用だったから、まだいけるかと思ったが、もう切れてるじゃねえか。これじゃ申請し直しだな」
パスポートの有効期限は、二年前に切れていた。
俺が舌打ちしながら天井を仰ぐと、クロエがすかさず立ち上がって提案してきた。
「私もパスポートくらい持ってますから、私がアメリカに行って弾丸を買ってきましょうか?」
「えっ、代わりに行ってくれるのか? お使いを頼んでいいの?」
「私もアイテムボックスくらい使えますから、弾丸程度の密輸は簡単ですよ」
この女、サラリと違法なこと言いやがる……。使えるな!
でもまあ、わざわざ空港に行って、手荷物検査やら税関やらをくぐり抜けるよりは、遥かにスマートな方法だ。あいつなら堂々と観光ついでに弾丸を買ってこれるだろう。
「なら、頼むよ、クロエ」
「じゃあ〜、はい――」
そう言いながら、クロエは両手のひらをこちらに差し出して、頂戴ポーズを取っていた。指先がちょこちょこと動いて、完全に「金よこせ」のアピールである。
「なんだ?」
「旅行費と、買い物代と――お小遣いをくださいな♡」
ニコリと微笑むクロエは、エルフの美貌を存分に活用していた。なかなか可愛らしい笑みである。
しかし、そんなの俺にはきかん!
「旅行費と買い物代は分かるが、お小遣いは無しだろう。なんで俺が、お前のお小遣いまで捻出しなきゃならんのだ? 舐めんなよ」
「え〜〜、だって私は文無しですよ? それじゃ買い物にも行けませんよ〜」
「お前、パチンコのしすぎだぞ……」
「趣味の範疇です」
開き直りやがった……。
仕方がないので、俺は財布から現金を出して、渡航費すべてに加えて、希望通りのお小遣いまでつけてやった。財布が軽くなっていく感覚に、心がちょっとだけ重くなる。
「へっへっへ〜、さすが四郎様。男前ですね〜」
「……あんまり無茶すんなよ? アメリカで、羽目とか外しすぎるなよ」
「大丈夫ですよ。アメリカでは“日本から来た侍プリンセス”と名乗っておきますから」
「その偽名、余計に怪しいわ」
笑ってるけど、クロエのことだから本気で使いそうだ。なんとなく、税関で怪しまれても平然としていそうなのが怖い。
まあ、アメリカまでのお使いだ。少しくらい渡してもバチは当たらないだろう……たぶん。
とにかく今は、拳銃の弾丸が必要なのだから。




