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167【大使】

 少し戸惑いを見せるフィリップル公爵が問う。


「ロマンゆえに、城を欲すると言うのか、シロー殿?」


『はい――』


 俺は髑髏を澄まして答えてみせる。


 国宝級である真珠のネックレスを献上してまで願い出る内容なのかと、フィリップル公爵も不思議がっていた。その表情は、怪しんでいる。


 この時代の城とは、攻城戦を行うための軍事施設でしかない。城が貴族のステータスになるのは、あと1〜2世紀は先なのだ。だから、商人である人物が城を欲しがる理由が、どうにも妖しく映ってしまっているのだ。


『フィリップル公爵は、武人と聞いております』


「ああ、我は将軍の地位を承っているが?」


『ならば、そちらの短刀をご覧になって、いかが思われます?』


 フィリップル公爵は、俺が献上した珍しい湾刀に目を落としながら述べた。


「宝刀にも近い名刀だと思うぞ。これを腰に下げて戦場に赴けば、どれだけ鼻が高いことか」


『その理由と一緒です。我々の国は、国土が狭いのです。ゆえに、自分の土地を持つことが庶民の夢で御座います』


「土地が、夢?」


『正確には、土地にマイホームを建てることが夢です』


「ほほう」


『さらに言うならば、家が城だと、誇り高いのです。それが、太陽の国のステータスなのです』


「城を構えるのが、ステータス――とな」


『はい』


「変わったステータスだな」


『民族が変われば、価値も異なります。夢も変わります。私の国では、真珠のネックレスよりも城の方が、遥かに大きな夢なのです』


 すると再び奥様が扇子で口元を隠しながら夫に耳打ちする。何を囁いたかは不明だが、フィリップル公爵が頷いていた。


「シロー殿。しかしだな、城を庶民にたやすく持たせるわけにはいかん。城とは貴族が土地を守るための重要拠点だ。それに、シロー殿は異国人。そもそもが、我がフランスル王国の国民でもないのだろう?」


 確かに、俺はフランスル王国の国籍を持っていない。


「なので、どうだろう。フランスル王国の国民にならぬか?」


 俺は骨顎に骨手を当てながら考え込んだ。しかし、答えが出ないので、後ろで片膝を付いているチルチルに意見を仰いでみる。


 チルチルは俺の視線に気づくと、左右に首を振った。理由は分からんが、フランスル王国の国民になることを避けている。


 俺はフィリップル公爵に答えた。


『フランスル王国の国民にお誘いいただき、大変感謝しますが、我が国とも付き合いがございますので、今は遠慮させてもらいます』


 フィリップル公爵が悪ガキのように微笑みながら言う。


「そうか、それは残念だ。もしも国民になってくれたのならば、速攻で徴兵して、私の部下にしたものを――」


『徴兵……』


 なるほど、それが思惑だったのか。チルチルが止めてくれなければ、まんまと騙されるところだったぜ……。


「私の部下になってくれれば、すぐさま貴族の称号を与えて、城を持つ権利を与えてやれたのにのう」


 貴族の称号か……。それは少し欲しかったかもしれない。だが、軍人になるのはマイナスだ。拒否して正解だっただろう。


 すると再び夫人が夫に耳打ちする。それを聞いて、フィリップル公爵が「なるほど」と呟いた。そして、俺に語りかける。


「なあ、シロー殿」


『なんで、ありましょうか?』


「御主、フランスル王国と太陽の国の友好を記念して、大使にならないか?」


『大使?』


 マグマ大使とか、地獄大使の部類かな?


「そうだ。そして、貴公に大使館の管理を任せたい」


『大使館?』


「大使館の土地は、治外法権に当たる。なので、城を建てようが何を建てようが、フランスル王国が口を挟めなくなるって寸法よ〜」


『なるほど〜。大使で大使館か〜。大使館が城なら、問題なく建てられるのね』


 ナイスな抜け道である。他国にいながらも、治外法権の敷地内ならば、何をやっても問題ないってことらしい。


 たぶん、奥様の提案なのだろう。この奥さんも、なかなかの切れ者のようだ。


「大使館の合意書に関しては、私から兄である国王に申請しておこう。兄とて、弟の我が儘を無下にもできないだろうて。少し時間が掛かるが、吉報を待っていてもらいたい」


『ありがとうございます――』


 俺は再び深々と頭を下げる。するとフィリップル公爵の声色が変わった。


「のぉ、シロー殿――」


 その声色は太くも鋭かった。これと同じような野太い声で話しかけられたことがある。


 そう、極道の事務所でだ――。


 俺が顔を上げてフィリップル公爵の眼差しを見てみれば、それは絶対零度の極寒で、死を眺めている亡者のような視線だった。まるで死神に取り憑かれた軍人である。


「御主、L字武器をご存じか?」


『L字、武器?』


 前にも聞いたことがある単語だった。


 その言葉をフィリップル公爵が放った直後、大臣たちが謁見室から退室していった。続いて近衛兵がピノーとチルチルの肩を引いて退室を促す。人払いが始まった。


 肩を掴まれたチルチルが、心配そうに囁く。


「シロー様……」


『チルチル、指示に従え――』


 チルチルは仕方なく謁見室を退出した。やがて謁見室には、フィリップル公爵と妻カトリーヌと娘のセシリア、そして俺だけが残った。


「ふう〜〜」


 フィリップル公爵が脱力したように溜め息を吐くと、銀の玉座から立ち上がる。そして、玉座の前に胡座をかいて座り込んだ。夫人たちは変わらず澄まして立っている。


 胡座をかいて目線を揃えたフィリップル公爵が言った。


「おめいさんも、姿勢を崩していいぜ〜」


 俺は片膝立ちから足を崩し、胡座で座り込む。そして、フィリップル公爵と向かい合う。


『これは、なんの気分転換ですか?』


「ここからは、男同士の話し合いだ。気を使わなくてもいいぜ、シローよ〜」


 ニヤリと微笑むフィリップル公爵。その笑みには気品が皆無だった。貴族よりも武人の臭いが強い。いや、893かもしれない。


 そして、フィリップル公爵は胸元からある物を取り出した。それは黒いL字のアイテム。俺は、それを見たことがあった。


「シロー、おめえさんは、これを知っているよな?」 


『デザートイーグル……44口径……』


 あっ、言っちゃった……。


 その言葉を聞いて、フィリップル公爵が満足げな笑みを浮かべていた。


『なぜに、拳銃が……』


 それは、異世界には不似合いな代物だった。時代を変えてしまう殺人兵器である。





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