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166【貢ぎ物の魅力】

 俺が能面を外して微笑んでみせたが、表情を持たない髑髏の笑みは伝わらなかっただろう。侠気溢れるフィリップル公爵は冷たい眼差しで俺を見詰めていたが、その隣に立つ奥様と娘さんは、表情を青ざめさせていた。


 玉座にふんぞり返るフィリップル公爵が、威圧的に述べる。


「ほほう。噂程度には聞いていたが、本当にスケルトンなんだな――」


 フィリップル公爵の眼差しは、まるで悍ましいアンデッドでも見つめるような冷たいものだった。差別が伺える。魔物の言葉に耳を傾けるような人格の持ち主には見えない。


 俺は俯いたまま口を開いた。


『我が母国である太陽の国から、こちらのフランスル王国までの長旅を可能とするためにアンデッドに落ちた次第で――』


「それは、難儀だったな。――ところでシローとやら、御主の母国とやらは、どこにある国なのだ?」


『遥か東の島国です。鉄の飛竜に跨り、百年の旅の末に辿り着きました。その長旅を可能にするために、アンデッドに落ちたのです』


「御主の国では、アンデッドの住人が多いのか?」


『いいえ。私のように理性を保ったままアンデッドに転移できる者は、ほんの一握りと聞いています。我が国で不老不死の民は、私を含めて二十二人しかいないとか』


「誰しもがアンデッドになれるわけではないのだな?」


『はい、そのように聞いています。何しろ、私は不死の才能があっただけで、アンデッドに転移する魔法を習得しているわけではないので、詳しい話は分かりかねます』


「御主はネクロマンサーではないのか?」


『はい――。そもそも、私は魔法使いでもなかったのです。ただの闘士でしたから』


「なんと、闘士とな?」


『はい。かつては闘技場のチャンピオンでしたが、年を取りすぎて引退しております』


「その闘士のチャンピオンが、何故に商人として他国に渡ってきたのだ?」


『すべては、生きるためです』


「生きるため、とな?」


『この不老不死の身体は、万能ではありません』


「何故に?」


『不老不死を保つのに、多額の金塊が必要なのです。人間が生きるために食べ物が必要なように、この身体は金塊を必要とします。そして我が国では、金塊は非常に貴重で数が少ない。故に、遠く離れた他国まで出稼ぎに出なければならなかったのです』


「なるほどの〜」


 何となくだが、納得してくれたようだった。


『それと、もう一つ理由がございます』


「なんだ?」


『ゲートマジックです』


「ゲートマジック?」


『私は祖国と異国を繋ぐ魔法の扉を作れるのですが、その魔法の扉をくぐれるのが命なき者のみなのです。私はその魔法で祖国から品物を輸入し、こちらの国で商売を行っております』


「それで、珍しい品物を売っているのだな」


『はい』


 俺は、隣で頭を垂れているピノーの顔を伺った。それに気づいたピノーが相槌を打つ。


『そこで、フィリップル侯爵殿下に、私が商売で輸入している品物の中から一部を選び、お近づきの印として持参いたしました。どうか、お目通しいただけますでしょうか?』


「ほほう、それは面白そうだな。許そう」


 するとピノーが、打ち合わせしていたメイドに合図を送る。しばらくして、トレーで品物が謁見室に運び込まれた。その品物を見た大臣たちから小さなどよめきが上がる。フィリップル公爵も、トレーの上の品物を見て驚いている様子だった。


「こ、これは……」


『我が国の地酒とグラス、陶芸の皿でございます。それと、公爵陛下がお好みになりそうな宝刀をお持ちしました』


「おおう!」


 フィリップル公爵は、江戸切子のグラスを手に取ると、シャンデリアの光に透かしながら、その鮮やかさに見とれていた。


「これは、ルビーかサファイアか!?」


『着色したガラスでございます』


「これが、ガラスだと……」


『我が国には、ガラス細工に秀でた職人がございまして、その者の作品だと聞いております』


「こ、この短刀は――。す、素晴らしい!」


 変わったデザインの湾刀を手に取った公爵が、刀身の輝きに見とれていた。チタン製の刀身が、あまりにも美しかったのだろう。


『我が国には、腕利きの鍛冶屋もおりまして、その者の作品だと聞いております』


「御主の国は、職人の技術が進んでいるのだな……」


 さらに俺は、アイテムボックスから真珠のネックレスが収められた宝石箱を取り出した。


『奥様には、こちらのネックレスをお持ちしました』


 膝をついた俺が宝石箱を差し出すと、メイドがそれを取りに来た。そして、宝石箱を受け取ったメイドが奥様の前で箱を開いてみせる。


 すると、羽付きセンスで口元を隠していた奥様が狼狽した。その姿を見ていたお嬢様も、宝石箱を覗き込んで仰天してみせる。


「こ、これは……」


 震える手を宝石箱に伸ばした奥様が、真珠のネックレスを掬い上げる。その披露された宝石を見た大臣たちが「おおっ!」とどよめいた。


「し、真珠のネックレスなのか……」


 驚愕の表情で妻の手の中のネックレスを伺うフィリップル公爵。さすがの将軍も、見たこともない極上の宝石に度肝を抜かれているようだった。


『我が国産の真珠でございます。麗しい奥様にお似合いになるかと思い、お渡ししました』


 少し狼狽し続けている奥様が、羽付きセンスで口元を隠しながら夫に何か耳打ちする。すると、フィリップル公爵が訊いてきた。


「妻が、本当にこれを頂いて良いのかと訊いているのだが……」


 どうやらフィリップル公爵も疑問に思っているようだった。何せ、城が二つや三つも建つほどの宝石だ。それを初めて謁見する相手に差し出すなんて、正気の沙汰ではないのだろう。そりゃあ戸惑うよね。


『こちらの品々はすべて、公爵殿下へのお近づきの印でございます。どうぞ、遠慮なくお納めください』


「これらの品々を……」


『ですので、私からのお願いも、少しばかりお聞きいただきたい』


 フィリップル公爵が姿勢を正し、真剣な表情を作る。本題に入ったと察したのだろう。王族の顔に戻っていた。


「シロー殿。確かフラン・モンタージュに城を建てたいとか――」


『はい――』


 再び大臣たちがどよめいた。


「何故に城を構えたい?」


『なんとなく!』


「はあ……?」


『城って、庶民から見て、男女問わずロマンが溢れているでしょう。だから、欲しいの!』


「はあ……??」


 俺の言葉にフィリップル公爵は呆れ返っていた。何を馬鹿げたことを言い出すのか、と言った顔をしている。わざわざ国宝級の宝石を献上してまで願い出る内容ではなかったのだろう。


 たぶん、阿呆だと思われている。そんな顔だった。



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