表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

170/263

164【魔女たちのお茶会】

 人通りが皆無の裏路地で、チルチルが一人きりで待っていた。


 誰も通らないような路地裏は、昼間でも陰気で、風が吹くたびに埃が舞う。心細い気配に包まれながらも、チルチルは背筋を伸ばし、主の帰還を静かに待ち続けていた。彼女の白い髪が風に揺れ、ふと影が動いた瞬間、塀の中からシローが音もなく姿を現した。


 その姿には傷一つなく、衣服も乱れていない。勝手に戦闘を行ってきた様子もない。 


 チルチルはその姿に胸を撫で下ろし、小さく息を吐いた。ずっと張り詰めていたものが、ようやく緩んでいく。


 彼女は、静かに頭を下げて主を出迎えた。


「お帰りなさいませ、シロー様……」


『ああ、ただいま、チルチル――』


 シローは平然としたまま、いつも通りの調子で答えた。その顔には緊張も疲労も見られず、彼女が心配していたことには、まったく気付いていないようだった。


 その様子を見て、チルチルは再び小さな溜め息をつく。


(もう……ほんとに無頓着なんだから)


 心の中でそう呟きつつも、どこか安心している自分がいた。あれこれ言いたいことはあるが、無事でいてくれたことが何より嬉しかった。


「それで、シロー様。壁の中に、何がありました?」


 声をかけるチルチルの目には、わずかな警戒心が宿っていた。ここは異世界、何が起こってもおかしくはない。


『扉の奥には、マジックアイテムのショップがあったよ』


「マジックアイテムのショップ……ですか?」


 聞き返すチルチルの声には、驚きと興味が半々に混ざっていた。そんな場所が、あの無機質なブロック塀の中に隠されていたなど、想像もできなかったのだ。


『しかも、オーナーは知り合いだった……。まあ、それは置いといてだ』


 話をさらりとはぐらかすように、シローはポケットから小さな銅製の指輪を取り出した。そして、それをチルチルの目の前に差し出す。


『これ、チルチルにあげるよ』


「えっ!?」


 思いもよらぬ贈り物に、チルチルは両手で口を押さえて立ち尽くした。


 まるで時が止まったかのように感じられた。心臓の鼓動が早まるのが、自分でもわかる。


 ――指輪。それはこの国では、特別な意味を持つもの。ましてや男性から女性へ贈られるとなれば、それは愛の証であり、結婚を望む意志の象徴とされている。


 その意味をよく知るチルチルは、真っ赤になった頬を隠そうと、視線を下に落とした。


「あ、ありがとうございます……」


 声がかすれるほどに、胸が高鳴っていた。嬉しい。でも、戸惑う。これを左手の薬指にはめていいのか、それとも別の指にするべきなのか。ちらちらとシローの顔をうかがうが、能面に隠されてまったく表情が読めない。


 結局、決めきれずにそっと指輪をポケットにしまう。


『チルチル、一旦、一刻館に帰るぞ』


「は、はい!」


 素直な返事とともに、チルチルは歩き出したシローの後ろ姿を追いかける。その背中が、いつもより少しだけ頼もしく見えた。


 


 一方その頃――


 異次元の空間に建つ、薄暗くも不思議な趣の漂うマジックアイテムショップ、ミラージュ。その奥の部屋では、年老いた二人の魔法使いたちが、優雅にティーカップを傾けながら談笑していた。


 魔法陣の光がぼんやりと天井から店内を照らし、棚にはありとあらゆる呪具が整然と並んでいる。


 老婆が淹れた紅茶をひと口すすりながら、レオナルドが口を開いた。


「シローちゃんて、まだアイテム鑑定スキルを取ってないみたいね〜」


「あらあら、そうだったのですねぇ」


 紅茶を手に持ったまま、相槌を打つ老女・レイチェル。どこかほわんとした雰囲気を持つその様子とは裏腹に、彼女の身のこなしや言葉遣いには、長い年月を生きてきた魔女の風格が滲んでいた。


「だから、私から呪いの指輪を受け取ったのよ。もし鑑定スキルを持ってたら、即座に投げ捨ててたでしょうけどね〜」


「そりゃあ〜、そうですわなぁ〜。ところでレオナルド様、その指輪にはどんな呪いが込められていたのですかぁ? 呪いのレベルが高すぎて、私にはさっぱり解読できなんだんじゃよ〜」


「えっ、レイチェルでも解けなかったの?」


「隠蔽の魔法が重ねがけされておってのぉ。それが厄介じゃ。いくら鑑定スキルを使っても、読み取れなんだわい」


「なるほどね〜。それなら、シローちゃんも当分気付かないかもね〜」


「それで、それで? どんな呪いが掛かっていたのじゃ?」


「恋が叶わない呪いよ」


「それはまた、可愛らしい呪いですなぁ〜。ぷぷっ」


「まあ、あの脳筋馬鹿には、恋も愛も無縁でしょうけどね〜。見てて微笑ましいというか、哀れというか」


「確かに、あの無骨な巨体ときたら、女心には気付かんでしょうのぉ〜。カーカッカッカ!」


「うふふっ、そうそう。もうちょっと人生を楽しめばいいのにね〜。あはっはっはっ〜」


 異次元にひっそりと存在するその店には、魔法使いたちの茶飲み話と笑い声が、今日ものんびりと響き渡っていた。


 しかし、その内容は酷い。他人の不幸で楽しんでいた。これだから、魔女と呼ばれるだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ