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162【幻の扉】

 人通りが見られない淋しい裏路地に佇む四角い建物。白い土壁に、扉だけが付いている。窓が一つもない不思議な建物だった。


 一つだけ付いている扉の横には、看板が下げられている。


【選ばれし者の来店を歓迎する。ミラージュショップ。オープン中】っと、書いてあった。


『店なのか……?』


「そのようですね。でも、入口がありませんね……」


『えっ?』


 俺の隣に立つチルチルがおかしなことを言った。


『扉なら、あるじゃないか?』


「はぁ?」


 チルチルは俺の顔を見上げながら首を傾げる。なので俺は、チルチルの顔を見下ろしながら扉を指差して言った。


『そこに、扉があるじゃあないか』


 チルチルは骨の手で指差されたほうを向きながら言葉を返した。


「看板はありますが、扉なんてありませんよ?」


『んん〜……』


 どうやらチルチルには、看板は見えているが、扉は見えていないようだった。


『チルチルには、何が見えている。見えている物を正確にすべて言ってくれ』


「はい……。まず、古びたブロック塀。壁の後ろは空き地のように伺えますが、その壁に、看板がぶら下がっています」


『んん〜……』


 どうやら完全に俺と見えている物が違っているようだ。俺には空き地なんて伺えないし、壁は白壁だ。ブロック塀ではない。


 たぶん、俺とチルチルのどちらかが幻影を見ているのだろう。そのように予想できた。


 不思議だが捨て置けない。何らかの罠かもしれないが、飛び込んで行きたい衝動にかられる。


 その衝動にかられて俺は、ゆっくりと手を伸ばしてドアノブを握った。そして、さらにゆっくりと扉を開いた。


『むむむ……』


 ソロリと開かれる木製の扉。開かれた扉の先には、レンガ作りの薄暗い廊下が真っ直ぐに伸びている。その廊下から冷たい空気と魔力に満ちた風が流れ出ていた。


 俺は、背後のチルチルに問う。


『チルチル、何が見える?』


「何も、見えません……。ただの壁のままですよ……」


『俺には、開けた扉の中に、真っ直ぐと進む廊下が見えている……。風も感じないか?』


「風なんて、感じません……」


『風までも幻影の類なのか……』


「シロー様、まさか、中に、入りませんよね?」


『入るに決まってるだろ』


「そんなの決まってません。勝手に入らないでください!」


 チルチルが無謀な俺に呆れながらも戸惑っている。


『看板には、招く文言があっただろう。ならば、招かれるままに入るのみだ!』


 そう言って俺は扉の中に足を進めた。しかし、レンガ作りの廊下に入っても何も起きなかった。振り向けば、驚いた顔でチルチルがこちらを見ているだけである。


 俺は外のチルチルに声を掛けた。


『何も起きないな……』


「こちら側からは、シロー様が消えたように見えますよ!」


『えっ、消えてるの?』


「壁に、すり抜けて入って行ったように見えました。声も壁の中から聞こえてきます……」


『とりあえず、チルチルも入って来いよ。大丈夫だからさ』


「それが、入れません。壁に阻まれて進めませんよ……」


 俺から見てチルチルは、入口の前でパントマイムのように見えない壁をペタペタとやっているようにしか見えなかった。本当に進めないのだろう。


 俺は通路の先をチラリと見てからチルチルに言った。


『チルチルは少し待っててくれ。俺は、通路の奥を見てくるからさ』


「シロー様、危険です!!」


『いや、危険な香りはしないから大丈夫だろう』


「そんな適当な!」


 チルチルは俺を静止させようと何かを言っていたが、俺はそれを無視して通路の奥を目指して進み始める。


 冷たい空気の通路を進むと、すぐに扉が見えてきた。その扉の隙間から明かりが漏れている。中からは、人の気配が感じられた。誰かいるようだ。


『なんにしろ、行ってみますか――』


 俺は躊躇なく扉を開く。そこは商店のようだった。様々な商品が陳列されていたが、それらすべての商品がマジックアイテムなのが分かる。店内すべてが魔力で光って見えるのだ。


『こ、これは……』


 呆然としながら店内を見渡していると、店の奥から声を掛けられる。それは、老婆の声だった。


「いらっしゃいませじゃ、お客さん――」


 フード付きの灰色ローブを纏った老婆は、魔女のような成りだった。大きな鼻、白髪頭。矮躯な身体は腰が曲がっている。そして、カウンターの上で、何か薬品を煎じているようだった。どの角度から見てもザ・魔女である。


『ここは……?』


「魔法の道具などを売っている、会員制のお店ですわい。どうやらお客さんは、来店を許可された選ばれし者のようじゃのぉ〜」


『俺が、来店を許された客なのか……』


「この店は、世界各国から集められたマジックアイテムを販売している幻の店ですじゃ」


『世界各国から、マジックアイテムを集めているのか?』


「ほとんどが、オーナーの趣味で集められた物ばかりですがのぉ〜」


 俺は店内の骨董品に目を配る。壺や皿。羽ペンに書物。武器や防具と様々揃っている。それらすべてが青白く光って見えるのだ。間違いなくすべてがマジックアイテムだった。


 しかし、魔法鑑定スキルを持っていない俺には、どのような効果を持っているマジックアイテムなのかは分からなかった。


『これらの商品に、どんな能力があるんだ?』


「たとえば、この壺――」


 そう言って、カウンターの下から陶器の器を取り出す老婆。


 しかし、壺と言って差し出された陶器製の器は、どう見ても和式の便器に見えた。


「この壺の中に排泄した汚物は、すべて異次元に消えてしまう優れ物じゃぞ」


『い、異次元便器か……』


 確かに便利だが――俺は用を足さない。なので、どんなに優れていても無用だった。


 俺が呆れていると察した老婆が別のアイテムを差し出した。


「これも、優れ物だぞ」


 それは、銀の指輪だった。


『なんだ、それは?』


「性欲や活力が、無限に湧き上がる魔法の指輪だ。朝まで猿のように頑張れるぞい」


『あー、いらねー』


 何故なら、俺には一物が無い。悲しいことに、その手のムラムラは感じなくなっているのだ。


 俺の興味が惹かれていないと察すると、老婆は別のマジックアイテムを差し出した。それは、飴玉サイズの水晶玉だった。


『それは?』


「甘い味が永遠に味わえる魔法の水晶じゃ。ただし、栄養分は取れないから、腹は膨らまんがのぉ〜」


『ますます、いらねー……』


 どうやらここのオーナーは、つまらない物ばかりを収集してしまう性格らしい。


 そんな感じで俺が半分呆れていると、店内に雷でも落ちたかのような騒音が轟いた。まるで店内に雷が落ちたかのようである。陳列していたマジックアイテムも少し揺れた。


『な、なんだ、今の雷は!?』


 俺が慌てていると、冷静な老婆が言う。


「ああ、オーナーが帰ってきたようじゃわい」


 オーナーの帰還。そして、しばらくすると、店の奥から老人が現れる。


 その老人は額が後退しているが、白髪は腰まで長かった。そして、虹色に輝くローブを着ている。


「おや、お客さんが来ていたのかしら」


『あ、あんたは……』


「あら、あなたは、シローちゃんじゃないの」


 そのオカマ口調の老人は、魔法使いレオナルドだった。


 どうやらこのショップは、レオナルドの店らしい。どおりで不思議な感じなわけである。



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