表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

167/263

161【謎の扉】

 アサガント商店の離れにある独身従業員寮。その一室を、俺はピノーから借りることになった。


 そこは木造三階建ての住居スペースで、サン・モンのアサガント商店三店舗で働いている独身従業員たちが、共同で暮らしている建物だった。


 その人数は三十人弱だと聞いている。結婚や暮らしが安定するまでの間借りの宿らしい。


 俺が借りたのは、一階の隅の部屋。四畳半ほどの広さで、ベッドと机が一つずつ置かれている。あとは洋服タンスが一つあるだけだ。


 なんとも淋しい間取りだった。トイレは共同で、風呂なんて当然ない。食堂もないから、外食が普通らしい。


 まあ、独身が一人で暮らすには十分な部屋だろう。その部屋の壁際に、俺はゲートマジックの扉を固定した。


 大きな荷物は持ち込めないが、段ボール箱ぐらいなら搬入可能だ。ちょっとした倉庫代わりに使おうかと思っている。


 部屋を出ると、長い廊下に各部屋の扉が並んでいた。これらは他の従業員たちの部屋である。その先に、玄関と二階への階段が見えていた。


 まあ、俺が二階に上がることはないだろう。


 俺は部屋の鍵を閉めると、独身寮を出た。寮の玄関には鍵が掛かっていないらしく、各部屋での戸締まりを用心してくれとのことだった。


 独身寮を出ると、町中へと続く坂道が見えてくる。この寮は、少し高台にあるのだ。その高台からは、サン・モンの町が見渡せる。しかし、道は急で、昇り降りが厳しそうな立地だった。


 俺が振り返ると、独身寮の入口にはアパートの名前が刻まれた看板が掲げられていた。


【メゾン・イッコク】


 なるほど、一刻館っていうんだ、このアパート……。メゾンって、フランス語だったんだね……。知らんかったわ〜。


「シロー様、それでは町を回ってみましょうか」


『ああ、そうだな……』


 俺とチルチルは、急な坂道を降ってサン・モンのメインストリートを目指した。


 坂を下り終えると、すぐに人通りの激しい通りに出た。さすがはパリオンに続く大都会の町だった。ピエドゥラ村と比べたら、天と地ほどの差がある。人も溢れるほどに多い。


 それに、獣人の姿はほとんど見られない。いても、チルチルのようにメイドや執事の格好をしている。やはり、獣人差別が色濃く残っているのだと感じさせられる光景だった。


 しかし、それ以上に俺の心を傷めたのは、裏路地で見られた現実的な光景だった。


 店と店のわずかな隙間――裏路地に座り込んだり、横たわる老人や子供たちの姿。


 その身なりはみすぼらしく、不衛生に見える。ホームレスたちだ。


 この異世界は、ロマン溢れるナーロッパのファンタジー世界ではない。殺伐とした戦争の真っ只中、中世を模したかのような厳しい世界である。しかも、町の外には人食いモンスターが徘徊している。


 だから、働けない者、病弱な者、小さな者、身寄りのない老いた者、それらの弱者は町の隅へ隅へと追いやられる。


 ここには、弱者を無条件で救ってくれる政府も民衆もいない。故に、年齢を問わず浮浪者も少なくない。


 せめて子供たちくらいは救ってやりたい。しかし、一人二人を救ってもキリがない。甘い感情論で手を差し伸べるよりも、もっと根本から改善しなければ、すべては救えない。


 今、俺が救えるのは――チルチルのような獣人たちだけだ。そのくらいは、救っていきたい。


 そして、救った獣人たちをモフモフしてやりたい。ハグして、撫でまわして、ペロペロしたい。吸い吸いもしてやりたい。それを行ってこそ、獣人たちに価値が生まれるのだ。


「ちょ、ちょっとシロー様、急に何をするのですか!」


『はっ!!』


 気がついたら、俺はチルチルに抱きついて、白い髪に顔を埋めて吸い吸いしていた。嫌がるチルチルが頬を赤らめながら抵抗している。いつも店でハグする時は逃げないのに。やはり、人前で吸い吸いされるのは恥ずかしいらしい。


「シ、シロー様、そういうことは、人目を避けてくださいませんか……」


『ああ、ごめん、チルチル……』


 そんなこともあったが、その後も俺はチルチルを連れて、サン・モンのメインストリートを見て回った。


 そして、そんな俺には、ときおり光って見えるものがあった。店に並んだ商品に混ざっていたり、道行く人々の装飾品などに、それはあった。


 それは、マジックアイテムだ。魔法探知Lv3を取得したことで、魔力を持った物が輝いて見えるのだ。その成果、見ている景色が変わったように思う。


『マジックアイテムって、けっこうあるんだな』


 俺の独り言を聞いて、チルチルが口を開いた。


「魔法感知の次は、魔法鑑定を習得すると便利ですよ」


『魔法鑑定?』


「魔法の効果を知るためのスキルです。私もレベル1までは持っていますが、レベルが低すぎて、ほとんど役に立っていませんけどね」


『なるほど、覚えておくよ。――ん?』


「??……」


 俺は、人混みの中で唐突に立ち止まった。魔法探知スキルが、何かを感知したのだ。俺は、その方向へと足を進める。やがて裏路地に入っていった。


「シロー様、どうかなされましたか……?」


『――……』


 裏路地を進んだ先で、俺たちは人通りのまったくない道に出た。そこは静かな通りで、さっきまでの雑踏が嘘のように消えていた。


「シロー様……」


 チルチルも異変に気づいたようだ。


 そして俺は、一つの扉に目を止めた。そこから、途方もない量の魔力が感じられたからだ。


 二階建ての白い四角い建物。さほど大きくはないが、不気味なことに窓が一つもない。白い土壁に囲まれた、無機質な建物だった。


 中央に設置された木の扉。その隙間から、大量の魔力が漏れ出ている。


 チルチルが、扉の前に飾られた看板を読んだ。


「選ばれし者の来店を歓迎する。ミラージュショップ……ですって……」


『ここは、店なのか……?』


 俺とチルチルは、その店の前で、立ち尽くしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ