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155【甲冑騎士の理由】

 シローが甲冑騎士の顔面に下段正拳突きを落として勝敗は決着した。


 瓦割りのような正拳突きが、倒れている甲冑騎士の顔面にめり込んで陥没させると、ついに甲冑騎士は動かなくなった。


 気絶、もしくは死んでしまったのかも知れない。


 骸骨拳を陥没する顔面から引っこ抜くと、シローは立ち上がり甲冑騎士を見下ろした。そして、三戦の構えで呼吸を整えると一言「押忍っ!」と気合いを入れ直した。それは、勝利の掛け声でもある。


 すると、シローの店の前にある路地からメイドの集団が現れた。ヴァンピール男爵に仕える戦闘メイドたちだ。


 歩み寄ってくるは、戦闘メイド長シアン。ハルバードを担いだパンダメイドのシスコ。スレッジハンマーを背負った虎娘のティグレス。兎娘のラパン。それに、黒猫娘ミオ、白猫娘フブキ、三毛猫娘のコロネ、八割猫娘のオカユンと揃っていた。全員が完全武装状態である。


 特にティグレスは怒りがMAXのようである。肩をなびかせなから歩く姿は悪鬼羅刹のような表情だった。額に無数の血管が浮き上がっている。


『おう、お前たち、皆でとうした?』


 全裸のスケルトンが訊くと、代表してシアンが答えた。


「シロー様、ここに、甲冑を纏ったモンスターが着ませんでしたか?」


 シローは自分の背後に倒れている甲冑騎士を親指で指しながら言った。


『それは、こいつのことかい?』


 戦闘メイドたちの視線が、倒れている甲冑騎士に集まった。


 ミオが述べる。


「この女性用鎧、間違いありません!」


 すると顔を赤くさせながらティグレスが前に出てくる。ガニ股でドシドシと地鳴りを立てていた。


「この野郎、ぶっ殺してやるぞ!!」


 ティグレスは愛用のスレッジハンマーを頭よりも高く振りかぶると倒れている甲冑騎士に追撃を加えようとする。何やら相当恨みがあるようだ。


『おいおい、何をする。もう決着は付いているぞ?』


「いいや。あたいの怒りが収まっていない!!」


 シローの静止を聞かないティグレスの前にチルチルが駆け寄ってきて立ちふさがる。


「やめてください、ティグレスさん!」


「どけい、チルチルちゃん!!」 


 チルチルは両腕を広げながら甲冑騎士を庇った。


「この子が、何をしたって言うのですか!?」


「あたいはこいつに魔法で全身を焼かれたんだ。それが許せねえ!!」


 すると、チルチルの背後で倒れていた甲冑騎士が上半身を起こした。まだ、死んではいなかったようだ。しかし、立ち上がるまで体力が残っていない様子。この場から逃げるのも叶わない。


 そして、甲冑騎士は力少なく女の子座りでチルチルの背中を見詰めていた。その仕草は乙女そのものである。


 チルチルは、一度だげ甲冑騎士をチラ見した後に前を向き直してティグレスたちに言った。


「この子は、言っています。何故に、皆して、私を虐めるのかって?」


「虐める……?」


 戦闘メイドたちは、チルチルが何を言い出したのかとキョトンとしてしまう。


「暁の冒険団の皆さんもです。彼女が言ってましたよ!」


 唐突にチルチルが暁の冒険団たちに話を振った。


「森で初めて出会った時に、いきなり彼女を囲んで戦意をぶつけて来たらしいじゃないですか」


「えっ、えっと……」


 暁の冒険団は、記憶を辿りながら戸惑った。


「誰だって森の中で知らない人々に囲まれて、武器を向けられたら防衛行動だって取りますよ!」


 確かにである。


 森の中で甲冑騎士と出会った暁の面々は、唐突に彼女に戦意をぶつけていた。最初に武器に手を伸ばしたのは、確かに暁の面々である。


「シロー様もシロー様です!」


『ええっ!?』


 今度はチルチルの話がシローに飛び火した。


「タンカーで運ばれてどこに連れて行かれるかと思ったら、いきなり弟子を差し向けられてサンドバックにされたら、いくら彼女でも、そりゃあ怒りますよ!」


『いや、えっと……』


 シローもチルチルに怒鳴られてあたふたしていた。ブランに関してはチルチルの剣幕に怯えて、扉の陰に身を隠してしまっている。


 確かにだ。最初に問答無用で仕掛けて行ったのは、シローたちである。

 

「メイドの方々もです!」


「ええ……」


 今度はメイドたちを怒鳴る。


「いきなり地下室に監禁した上に、彼女の意思を無視して、解剖までしたそうじゃあないですか!」


 事実である。確かにヴァンピール男爵が甲冑騎士を解剖をしている。


「そりゃあ、彼女だって怒りますよ!!」


「そ、それは……」


 既に怒りMAXだったティグレスすらチルチルの怒りに押されて困惑していた。冷静さを取り戻している。他のメイドたちも腰が引けていた。


「確かに彼女が甲冑を盗み出して逃げたのは盗難です。でも、勝手に自分を解剖して監禁してしまう人たちから逃げるには、そのぐらいは必要だったと私も思いますよ!」


 確かに、生き残るために、脱出するためになら、誰しも何だってするだろう。甲冑騎士の取った行動は、それにあたるだろう。正当な行為とも言える。


 チルチルが皆に述べる。


「彼女は、完全に正当防衛です。全員が彼女に謝ってください!」


 確かにだ。彼女が未知のモンスターだからと言って、寄って集って攻撃を仕掛けたのは人間たちである。


 そして、周囲には気不味い空気が流れた。


 その気不味い空気の中でシローがチルチルに問う。


『ところで、チルチル。お前、そいつの言葉が分かるのか?』


「分かるも何も、彼女が言っているじゃあありませんか?」


『えっ?』


「彼女の言葉が聞こえないのですか?」


『聞こえんな〜……』


 ブランも言う。


「あたスにも聞こえませんだ……」


「ええ……。皆さんには、彼女の声が聞こえないのですか?」


 戸惑うチルチルが周囲の人物たちの顔色を伺った。しかし、彼女に同意する物は一人もいなかった。全員が首を横に降っている。


 どうやら甲冑騎士の言葉が聞こえているのは、チルチルだけのようである。



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