154【甲冑騎士との決着】
全裸のスケルトンが、頭を回しながら首の関節を解していた。天狗面にスポーツウェア姿だったシローの衣類は、すべて焼け落ちてしまった。今は、全裸のスケルトンである。
片や甲冑騎士は、カイトシールドを失い、肘から折れ曲がった右腕でロングソードを持っていた。シローに腕ひしぎ逆十字で折られてしまったのだ。
だが、折れた腕を前に出し、ロングソードを構えてみせる。
甲冑騎士の関節は、人間よりも柔軟に作られている。首はフクロウのように360度回転するし、腰だって180度まで振り向ける。腕も逆関節に曲がるのだ。だから、これは骨折ではない。
しかし、すでに魔法のストックをかなり使ってしまっていた。
甲冑騎士の魔法は、着込んでいる鎧にチャージされている定量式のものだ。一日に撃てる回数が決まっており、そのほとんどを使い切っていた。残っているのは、ファイアーボルトの魔法だけである。
だが、眼前の骸骨戦士をファイアーボルトだけで退けるのは不可能だと考えていた。
すでに勝機は薄い――そう感じている。もはや、奇跡の一太刀をお見舞いするしかないと思っていた。
ならば、一太刀入れるならば、それは急所でなければならない。
スケルトンの急所――それは、頭蓋骨か脊椎のどちらかだ。頭部を破壊するか、首を跳ね落とすしかない。
やるしかない!
そう決意した甲冑騎士が、先に動いた。
左腕を前に突き出し、ファイアーボルトを放つ。それはフェイントでしかない。その隙にロングソードで頭部を狙う。
しかし、シローは迫ってくる炎の弾丸を、廻し受けで掻き消してしまった。
両手を前方で円を描くように素早く回転させて築く空手の高等技術。その達人級のディフェンスで魔法を打ち払ったのだ。
だが、ファイアーボルトが効かないと予測していた甲冑騎士は動じない。ロングソードの兜割りで斬りかかる。
『甘い!』
上から落ちてくる兜割りの軌道に合わせて、シローが前蹴りを放つ。上と下からの攻撃が激突した。
勝者は、シローの前蹴りだった。甲冑騎士のロングソードが宙に舞う。
掬い上げるような前蹴りが、甲冑騎士の持ち手を蹴り上げ、指の骨を砕いたのだ。
飛んでいったロングソードが、甲冑騎士の遥か後方の地面に突き刺さる。
甲冑騎士が自分の右手を見下ろすと、四本の指がいびつな方向に折れ曲がっていた。各指に関節が増えたような異様な形になっている。これでは、もはや剣は握れないだろう。
そこに、シローが迫る。
ローキックの軌道に見せかけた、変則的なハイキック。
甲冑騎士は、そのフェイントを挟んだハイキックを紙一重で回避する。
続いて、シローの右フックからの左バックスピンナックル。
甲冑騎士は身を屈めて裏拳を回避する。頭のスレスレを、大振りのトルネードブローが過ぎていく。
さらにシローの追撃。今度は下段前蹴り。その踵が、甲冑騎士の足の甲を踏みつける。ミシッ、と鈍い音が響いた。
そして、甲冑騎士の動きがわずかに鈍った瞬間。
シローの大振りの上段前蹴りが、天高く振り抜かれた。
真下から急激に天昇した右足が、甲冑騎士の顎先を捉える。勢いそのままに振り抜かれ、右足はシローの頭よりも高くまで上がっていた。
一瞬で視界が上向く甲冑騎士。その視界に、自分の被っていたヘルムの姿があった。ヘルムが脱げて、宙を舞っているのだ。
甲冑騎士は、大きく股を開きながら腰を落とし、ダウンだけは耐えてみせた。
だが、脱げて飛んでいったヘルムが、後方の地面に突き刺さっていた剣の柄に、ホール・イン・ワンするかのように被さる。奇跡的な瞬間であった。
そして、甲冑騎士の素顔が晒される。単眼の顔。鼻も口もなかった。完全に人間の顔ではない。
しかし、甲冑騎士にそんなことを気にしている余裕はなかった。ダウンは免れたが、シローの攻撃は続く。
顔面フックからの、鳩尾へのボディーブロー。さらに、至近距離からのハイキック。
全弾が命中。
甲冑騎士は、よろめきながら後退した。
もう――見えない。
シローの攻撃が、甲冑騎士には見えていなかった。回避どころか、防御すらできない。
それは、マジックアイテムであるヘルムを失ったからだ。
あのヘルムには、敏捷性と反射神経を高める魔法効果があった。その効果を失った今の甲冑騎士には、シローの攻撃に追いつく力はなかったのだ。
避けられない――そう悟った甲冑騎士は、すでに諦めていた。
そんな甲冑騎士の気持ちなどお構いなしに、シローが頭を両手で挟み込む。そして、自身の体を捻りながら甲冑騎士を腰に乗せると、力任せに投げ捨てた。
――相撲の禁じ手、合掌捻りである。
下半身が跳ね上がり、上半身が下を向いた逆さまの体勢のまま、甲冑騎士の頭が地面に激突する。
甲冑騎士の視界に、眩い星々がいくつも煌めいた。バタン、と体も倒れ込む。
次の刹那。倒れ込んだ甲冑騎士の頭部に、シローの下段正拳突きが無慈悲に落とされた。
顔面が陥没し、後頭部が地面にめり込む。
それで、甲冑騎士の動きが完全に止まった。体から力みが抜け、ぴくりとも動かなくなる。
『勝負ありってところだろう。押忍!』
勝者のシローが、片腕を高く掲げる。
すると、店の前の路地から、ヴァンピール男爵のところのメイドたちがノシノシと現れた。
その表情は、全員が怒っている様子だった。




