150【チルチルの光】
単眼の視線が、暁の冒険団から黒猫を抱えるメイド少女へと移る。甲冑騎士はカイトシールドを構え、その陰にロングソードを隠し持った。
その構えは明らかに警戒心を強めたものだった。冒険者たちを相手にしていたときよりも、慎重に身を固めている。
警戒するは、黒猫の放つ魔力量だけではなかった。少女の身体から放たれる、謎めいた輝き――神々しさをも想起させる、目が眩むほどのオーラが原因だった。
甲冑騎士の単眼には、メイド少女がまるで女神のように映っていた。その輝きは周囲の景色さえも白く染め上げ、モンスターである彼にとっては、肉体を灼き尽くすような聖光に等しかった。
ニャーゴを抱いたチルチルが、そっと問いかける。
「ニャーゴさん、あのモンスターはなんですか?」
『知らないニャア。僕、この星のモンスターには疎いんだニャ〜』
「そうですか……」
『でも、強い魔力がいくつも感じられるニャア。かなりの強敵ニャア』
「ニャーゴさんよりも強いですか?」
黒猫は目を細めたまま、じっと甲冑騎士を見据えながら言う。
『魔力量だけなら、僕と同じくらいかニャ。でも……根本的な戦闘力は、僕よりずっと下ニャア』
「シロー様と比べたらどうですか?」
『そりゃもう、圧倒的にシローのほうが強いニャア〜』
「そうですか♡」
満面の笑みを浮かべるチルチル。主の強さを褒められて、心から嬉しそうだ。
そのやり取りを黙って見ていた甲冑騎士が、ロングソードを振りかぶり、少女に向けて斬りかかった。
しかし――チルチルは逃げも隠れもしなかった。
代わりに、黒猫が動いた。
『ニャンコ・ライトニングニャア〜!』
猫の口から放たれたのは、極太の雷撃魔法。大蛇のようにうねる放電が、甲冑騎士へとほとばしる。
だが甲冑騎士は、それを盾で斜めに弾いた。逸れた雷撃は、倒れているプレートルの足元を抉り、激しく拡散して消える。
電撃を躱したまま突進する甲冑騎士。ロングソードがチルチルの頭部を狙う。
その剣先を止めたのは――ニャーゴの背中から伸びた黒い触手だった。
それはまるで蔓のようにロングソードに巻き付き、強引に動きを止めた。
剣が動かない。
黒猫の触手に押さえつけられた剣は、万力に固定されたかのように微動だにしない。
なぜ動かない? そんな疑問が、甲冑騎士の思考に走る。物理法則を無視するようなこの力に、動揺を隠せない。
だが退く気はなかった。今度は左腕のカイトシールドを振り上げ、手刀のように叩きつけようとする。
――その瞬間。
二本目の触手が振るわれた。甲冑騎士の顔面を打ち抜き、パチンと鞭が弾けるような音が響く。
激しく揺れる単眼。視界が一瞬、砂嵐に巻き込まれたかのように霞んだ。
ふらつきながら数歩後退する甲冑騎士。
何たるパワー。何たるスピード。そして、戦闘力――。
これはもう、猫ではない。化け猫と呼ぶにふさわしい力だった。怪物の戦闘力だ。
ならば、と甲冑騎士は詠唱する。雷雲が頭上に集まり、落雷がチルチルめがけて落ちた。
だが、彼女は無傷だった。
ニャーゴが展開したプロテクション・ドームが、雷撃を完全に遮っていたのだ。
『そんな魔法、僕には効かないニャ』
自分に向けられた攻撃だと認識しているニャーゴは、嫌らしく笑った。
続けて甲冑騎士が放ったファイアーボルトも、あっさりと防御結界にはじき返される。
『効かないニャア。僕の結界を突破したいなら、核弾頭でも使わないと無理ニャア〜』
「カクダントウって、なんですか?」
『ん〜……チルチルちゃんにはまだ早いニャ。ヒミツだニャ』
「も〜、ニャーゴさんのケチ〜」
『にゃはははは〜』
笑い合う二人の様子を見て、甲冑騎士は目を細める。緊張の糸が少しだけ緩んだ。
剣をゆっくりと下ろす。戦意が削がれたようだった。
――その刹那。
『ただいま〜』
戦場の中心に、声と共に一人の男が現れた。天狗面に黒いスポーツウェア。ゲートマジックで帰還したシローだった。
『チルチル、ただいま〜。あれ? お客さん?』
店先に集まる面々を見渡し、すぐさま事態を察知するシロー。
倒れる冒険者たち、剣を構えた甲冑騎士、結界に守られたチルチル。
これはもう、どう見ても戦闘中――。
仮面の下で、シローが微笑む。
『なんか、楽しそうだな〜。俺も混ぜてくれよ〜』
理由も聞かずにやる気満々。その笑みに、ほんの少しだけ、戦慄が宿っていた。
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