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148【甲冑騎士の再戦】

「シュッ!」


 唐突なダッシュジャブ。問答無用で放たれたブランの左ジャブが甲冑騎士の顔面を狙う。


 それは、眩い疾風の攻撃――。


 しかし、甲冑騎士は、重々しいフルプレートを物ともせずに軽やかなバックステップでブランの左ジャブを回避してみせた。ブランの鋭いジャブが甲冑騎士の眼前で空振る。


「躱す、だすか!?」


 さらに甲冑騎士の反撃。右ストレートがブランの顎先を狙うが、彼女も巧みなウェービングでストレートパンチを回避してみせる。唸るガントレットの拳がブランの耳元を過ぎた。


「危ない……だす」


 そして、一旦間合いを取り直す。


「こいつは……昨日の戦士だすか?」


 昨日の昼間、暁の冒険団にタンカーで運ばれていたフラン・モンターニュのモンスター。


 しかし、身に纏っている甲冑が異なる。昨日は普通の全身鎧だった。だが、今着ているのは女性用の全身鎧である。胸当てにバストが象られていた。


 さらには、甲冑が放つオーラが増大している。感じ取れる魔力が数倍に増えていた。ゆえに、強敵感が増幅している。確実にモンスターとしてのレベルを上げているように伺えた。


「強くなっているだす……」


 背筋を伸ばして凛と構えるブランは、単眼の甲冑騎士を睨み付けた。両拳の高さは腰の位置。正中線を守った中段の構えである。


 片や甲冑騎士は、凛々しく立ち尽くすままである。直立不動で立ち尽くして、豪華な赤いマントを風になびかせていた。


 殺気が無い。殺意が感じられない。しかし、ピンク色の単眼からは、強い威圧感が押してくる。


 それは、ブランの背後で見守るチルチルに向けられていた。甲冑騎士は、ブランよりもチルチルを警戒している様子だった。


「よそ見が、すぎるだす!」


 再び攻め立てるブランが前に出た。ワンステップからの左ジャブの連打で甲冑騎士の翻弄を誘う。


 まずはロングのフリッカージャブで入ったブランは、間合いを一歩縮めると、そこから巧みなジャブを連打する。そのジャブは多彩な軌道――同じラインを過ぎるジャブは一発もなかった。


 しかし、どれもヒットは敵わなかった。


 だが、数々のジャブはすべて囮である。五発のジャブを瞬時に空振った後に、本命の右ローキックを放った。


 ガァーーーンっと、派手な金属音が響いた。


 それは、ブランの右ローキックを甲冑騎士が左腕に装着したカイトシールドで受け止めた激音であった。


「ガードが下がっただす!」


 下段の蹴りを防ぐためにシールドの位置が下がったのを見逃さなかったブランが、続いて左足で甲冑騎士の上段を狙う。


 身体を捻ると後ろ上段廻し蹴りで、カイトシールドの上を超えながら甲冑騎士の頭部を蹴り狙ったのだ。


「もらっただす!」


 しかし、甲冑騎士は大きな体を沈めると中腰の高さでブランに突っ込んで行った。肩からブランに体当たりをかます。回避と攻撃を一体化させた戦法だった。


「きゃ!」


 全体重を活かした当て身――ショルダータックル。その体当たりにブランの細身が飛ばされた。後ろで見ていたチルチルの側まで飛んでくる。


「むむむむ!!」


 すぐさまに体勢を整え直すブランが片膝立ちで身構える。その表情は、悔しさで歪んでいた。


 昨日までは、自分のほうが強かったのに、たったの一日で実力が逆転しているのだ。それが納得いかなかったのである。


「ぬぅ〜〜……」


 堂々と立ち尽くす甲冑騎士。その姿を見ながらブランが立ち上がる。


 完全に自分の実力が、このモンスターに追い付いていないと悟れた。なぜなら甲冑騎士は、まだ腰の鞘から剣すら抜いていないからである。


 それは、余裕……。


 ブランは「これは、勝てない――」そう自覚していた。野生の感が知らせているのだ。


 チラリと後方のチルチルを見るブラン。彼女の脳裏に浮かんでいる作戦は、逃走。いかにチルチルを連れて速やかに逃げ出すかを考えていた。


 最悪は、チルチルを見捨てて逃げ出したかったが、シローとのファミリア契約が、それを許さなかった。以前の彼女ならば、赤の他人を見捨ててでも自分だけは生き残ろうと考えただろう。


 しかし、今はそうもいかない。ファミリア契約が、ブランの足りていない人間らしい感情を補っていた。


「逃げ切れるか……」


 ブランの額から焦りの汗が流れ落ちた。確率的には、逃げ切れる可能性は、かなり低いと思っていた。


 この鎧のモンスターは、当初空から飛来して来た。飛んできたのだ。そうなると、飛べる者から逃げ切るのは、難しいだろう。そのぐらいはブランにも考えられる。


 建物内に逃げ込むか……。


 それで、長時間も凌げるのか?


 森に逃げ込むか……。


 そこまで走って行けるのか?


 なにより、チルチル先輩がお荷物だ……。


 しかし、捨て置けない。


「まずい、だす……」


 その刹那だった。甲冑騎士の頭を矢が狙う。


 しかし、不意打ちのように飛翔してきた矢を甲冑騎士は、カイトシールドで防いで見せる。


 弓矢で奇襲を仕掛けたのはアーチャーのティルールだった。


「今よ、バンディ!」


「!!」 


 ティルールの掛け声に合わせて双剣のバンディが上から降ってきた。二階の窓から飛び降りてきたようだ。


「うりゃぁあ!!」


 一撃目は、右手の兜割りだった。高所からの勢いを乗せて振るわれたショートソードを甲冑騎士は、カイトシールドで受け止めた。ガンっと音が響く。


 だが、バンディの二撃目が地面スレスレから甲冑騎士の足首を狙う。


 しかし、甲冑騎士は、片足を上げると下段斬りを躱して、その足で振るわれたショートソードを踏んでしまう。バンディの左手を封じたのだ。


 さらには振り上げたカイトシールドを手刀のように縦に振るってバンディに反撃を仕掛けてきた。


「あぶねぇ!」


 回避に専念するバンディ。


 ガンっと縦振りの盾先が地面に突き刺さった。バンディは踏まれていたショートソードを手放して逃げていく。


 そこにティルールが弓矢で援護射撃を入れた。しかし、その矢もカイトシールドで難なく防がれる。


「この野郎、まだ生きとったんかい!」


「しかも、前より強くなっているぞよ」


「しつこい化け物ぞな」


 建物の陰から現れる暁の面々。朝なのに全員がフル装備だった。


 背中の大太刀を鞘から抜いたエペロングが、余裕ありげに微笑みながら言った。


「また、返り討ちにしてやるぜ、鎧のモンスターさんよ!」


 そして、暁の冒険団が武器を構えると、甲冑騎士も鞘からロングソードを抜いた。その刀身が魔力で妖しく輝いている。



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